第36話 長老たちと会ってみよう
「
お湯割りの焼酎などを楽しみながらエモンが言った。
今日の仕事の打ち上げは、人外カラオケ第二弾である。
「毎日毎日、とにかく理由をつけて呑みたがるんですね……」
とは、白音の嘆きだが、こればかりは仕方がない。
酒呑童子がいるチームだもの。
天下に聞こえた酒好き鬼が、スイーツパーティーなんか開けるわけがないのだ。
「妖の視線に気付いたってことだからね。鍛えればいっぱしの能力者になれたかも」
「いまどき霊能力者なんても好きこのんでなるもんじゃないさ」
クンネチュプアイと命の会話である。
歴史ある陰陽師の家系だって生活は困窮しているのだ。
いわゆる野良霊能力者の収入なんて、推して知るべしというべきだろう。
「だろ? 白音さん」
「ええまあ……」
視線を泳がせるイタコの女性。この人はべつに困窮していない。なにしろかなり早い段階で、RCBに取り込まれているから。
「俺らも、背景は国のはずなんだけどなぁ」
大げさにため息を吐く七条の当主だった。
RCBの台頭以来、ずっと不遇を託ってきた。
「でも、これからは変わるし」
「まあな。そこはアイにもエモンさんにも感謝してるよ」
協定が結ばれたことにより、陰陽家にもきちんと支援が届くようになった。
結局、この国を霊的に守護する
鬼でも妖でも人外でも良いが、彼らが人間に牙を剥いたとき、RCBではいかにも心許ない。
いつでも舌先三寸で丸め込めるわけがないし、そもそも今回なんか、大嶽丸にRCBがすっかり騙されてしまったのだ。
そして彼の鬼を倒した者の一人が陰陽師だった。
国の上層部の蒙だって啓くというものだろう。
「なんだかんだいって、京の都は昔ながらのカタチが落ち着きますからなぁ」
人と妖と鬼と天狗がうまいことバランスを取り合い、相互に不可侵でありつつも平和に暮らす。
そういう風に京都は造られた街だ。
もちろん、どんな時代でも必ずはみ出しものは現れるものだから、その都度、陰陽師たちが調伏してきたわけだが。
「時代は変わるものだし、街だって人だって変わるものよ。エモン」
「刻が見えますかな? アイさま」
「エゴだよ。それは」
「うん。あんたたちが何を言っているのか、俺にはさっぱり理解できないよ」
肩をすくめる命だった。
良い恋人だし良い友人なのに、なんで脈絡もなく大昔のアニメやゲームのネタをぶっこんでくるのだろう。
そういう生き物なのだろうか。
「そーいやあさ、ミコト」
ふと思いついたようにクンネチュプアイが口を開いた。
「ん?」
視線で先を促す。
「お金の問題は片づいたとして、跡継ぎ問題とかはどーすんの?」
「しまった……それがあった……」
呻いちゃう陰陽師だった。
命とクンネチュプアイは恋人同士である。
相思相愛といっても問題ない。
ではこのまま婚約し結婚できるかっていうと、そう簡単な問題ではなかったりする。
一方はエルフで、もう一方は陰陽師の家系の当主だもの。
陰陽家がエルフの奥さんなんかもらっちゃったら、ちょっとどうなるのか想像もつかない。
「草はえるわね」
「生やしてる場合か」
「いっちばん簡単な方法としては、側室を作って子供はそっちに任せる、みたいな感じかしらね」
「知ってるか? アイ。今の日本は重婚を禁じてるぞ」
一夫一婦制なのである。
もちろん不倫とかしちゃう人はいっぱいいるけど。
「ゆーて、私と命の子供が生まれたらハーフエルフよ。ハーフエルフ陰陽師ってちょっと新しいわよ」
「うん。新しすぎて、きっと誰もついてこれない」
俺もな、とか苦笑する。
子供の問題は先走りとしても、長老どもの説得はしなくてはいけない。
面倒な話である。
「よし。明日あっちゃおうか」
「いきなりだな」
「先延ばしにしても仕方ないからね。どうせ向こうも待ってるんだろうし」
「たしかに」
クンネチュプアイの言葉に頷く。
ぼーっとしていたらいつの間にか事態が好転していた、なんて幸運は、絶対ないとは言い切れないけど、ほぼ間違いなくない。
むしろ長老どもに先制させる、というのも、あまり面白い話にはならないのである。
後手に回るより、こちらから手を出して主導権を握った方が戦いやすいというものだ。
「そんなわけで、悪いけど私と命は明日休みね」
『うえーい!』
ヨッパライどもが謎の唱和とともにグラスを掲げる。
自由すぎる職場であった。
七条家の場合、長老と呼ばれるのは四名だ。
命から見て、祖父の妻、祖父の弟とその妻、曾祖父の末弟。
いずれも当主の座に就く資格は持っていないが、影響力は充分にある。
当主が中古の軽自動車に乗ってるような没落しかかった家で影響力もへったくれもあるか、と、命なら思ってしまうが、口うるさい親戚というのはどこにでもいるものなのだ。
べつに陰陽家に限らない。
金は出し渋るクセに、口は出したがるのである。
「絶対、アイにだって文句たらたらだろうな」
長老たちが到着したとの報せを受け、クンネチュプアイの私室に迎えにきた命の言葉である。
呼びつけるのではなく自ら出向くというのが、当主に対する最低限の礼儀だろうか。
「諸手を挙げて大賛成だったら、そっちの方が怖いわよ」
伝統ある陰陽家になんとエルフが嫁いでくるとか。国際結婚なんて可愛らしい話ではない。
なにしろ相手は人間ですらないんだから。
とくに緊張感をしめすことなくクンネチュプアイが廊下を進む。
向かうのは広い方の客間だ。
本来は身内ではなく、国のお偉方とかを迎える場所である。
「お待たせして悪かったわね。お歴々」
そして、当主たる命を差し置いて、ばしっと決めたりして。
命が頭を抱え、長老のうち三人は非常に嫌な顔をした。
最年長たる曾祖父の末弟だけは、車椅子の上でぼーっとクンネチュプアイを眺めている。
「ていうか、なんで死にかけてる人まで連れてくるのよ」
ざっと見まわしたクンネチュプアイが呆れたように言い、つかつかと老人に歩み寄った。
ポケットから出した小瓶の封を切り、ずぼっとその口に突っ込む。
周囲のものが止める暇もなかった。
老人の喉が動き薬剤を嚥下した。
エルフの秘薬を。
「何を飲ませたんだ? アイ」
「ぱっと見た感じ、ただの老衰だったんで。若返りの薬ね」
「まじか……」
命の見ている前で、老人がみるみる若返ってゆく。
皺だらけだった皮膚に張りが戻り、顔に浮かんでいた染みも消え。
「ゆーて、一回の服用じゃ二、三十年くらい分の精気を取り戻すだけだろうけどね」
「いや……信じられんのだが……」
呟いた老人が車椅子から立ちあがった。
彼の姿を見て、九十代だとは誰も思わないだろう。
どう年かさに見ても六十代。仕事を定年退職したばかりで、さあこれから第二の人生だって張り切ってる人くらいだ。
「はじめましてね。クンネチュプアイよ」
「七条
まるで威に打たれたかのように平伏する。
そのときには、他の長老たちも同様に床に額を着けていた。
反対するとか、いじめて叩き出すとか、そういう次元の相手ではないのだと思い知らされて。
「
平伏したまま言ったのは、命の祖父の妻。ようするにお祖母ちゃんである。
「……なんだろう。会う前とは違う緊張感を味わってるよ……」
ぼそりと呟く命だった。
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