第32話 RCBふたたび

 エルフと陰陽師がくっついたからといって、観光客のマナー問題が片づいたわけではまったくない。


「ゆえに、仕事中はいちゃいちゃ禁止ですぞ」


 とは、エモンの厳命である。

 公私を混同するほど命もクンネチュプアイも子供ではないが、スポンサーの意向には逆らえない。

 いちゃこらするのは、夜、七条の家に帰ってからにすることにした。


「むしろ、屋敷でいちゃいちゃされるのは困ります」


 とは、命の側近たる小太郎の弁である。

 長い歴史を持つ陰陽の家の当主が、こともあろうに人外と恋人になってしまった。


 非常に非常に体裁の悪い状態だ。

 うるさ型の親戚どもに、何を言われるか知れたものではない。


「まあ、文句言ってきたらまとめて処しちゃえばいいのよ」

「怖いです。アイさま。簡単に実行できるのが判るだけに怖さもひとしおです。やめてくださいね。絶対にやめてくださいね?」


「それはフリってやつね」

「もちろん違いますから」


 胃のあたりを抑える小太郎さんであった。

 これからは、命だけでなくクンネチュプアイの動向にも目を光らせなくてはならないのだ。


 転職したい。

 ナンバーツーの座なんて、ポイって捨ててしまいたい。

 できないけど。


 RCBとの協力関係が結ばれたいま、ふたたび陰陽の家にも充分な援助がされることとなった。

 もちろんそれは実績を常に示し続け、有用性を証明しなくてはいけないということである。


 これから人材はいくらでも必要なのだ。

 若い命をサポートする彼が抜けるわけにはいかない。


「アイ。アイ。市長から連絡があった。議案が可決したらしい」


 一日、命が喜び勇んで恋人に話しかけた。

 ついに京都市が動くことになる。


「これでやっと第二段階に移行できるわね」


 にこっとクンネチュプアイが笑った。

 妖、鬼、金星人、エルフ、陰陽師、という同盟に、ついに普通の人間が加わる。

 本当の意味で、京都に住む者たちが一丸となってマナー問題に取り組むことになるのだ。


「しかし、日本征服くらいできそうなメンツが集まって何をするかといえば、観光客のマナー向上ですか。なんとも平和なことですな」


 やや呆れたように小太郎が言った。


「こういう問題の方がずっと難しいのよ。むしろ世界征服なんて簡単簡単」


 クンネチュプアイが指を振る。


「だな。俺もやってみてよく判ったよ」


 頷く命。

 武力で、力で解決するとのいうは、なんて手軽でそして浅はかな方法だろう。

 結局のところ、少しずつ少しずつ意識を変えていかなくては、抜本的な解決にはならないのだ。

 かつてエルフたちが人間の支配に失敗したように。


「ともあれ、これからもよろしくな。アイ」


 差し出された右手。


「もちろんよ。ミコト」


 それを握りかえして席を立つ。

 事態が動いたのだから、こちらも動かなくてはいけない。


「市役所か?」

「RCBよ。市長は充分に巻き込んだから、次の犠牲者は彼ら」

「なんつーか、人聞きが悪すぎる」


 こんなカノジョで大丈夫なのかと思ってしまう命だったが、惚れちゃったんだから仕方ない。


「またRCBが勝手にうごうご動いちゃったら、話がややこしくなるだけだからね」

「たしかになあ」


 大嶽丸に依頼して増え続ける悪感情のエネルギーを食ってもらう。

 鬼との取引なんて、まともに考えたらありえない。


 ありえないのにしばしば人間がそれをしてしまうのは、鬼ってけっこう奸知に長けていて、人間側が有利なように見せかけることができるのだ。

 ちなみに陰陽師は、鬼がどんな条件を出してきたとしても、けっして首を縦に振らない。

 伝統的に、絶対に信用してはならないと知っているから。


「でも、騙される人間は後を絶たないんだよな」

「仕方がないわ。人間ってのは基本的に見たいモノしか見ないし、聞きたいことしか聞かない。欲しい情報以外は頭に入らないものだもの」


 連れ立って歩きながらクンネチュプアイが微笑する。

 鬼に騙される人間に限らない。

 いわゆる詐欺被害に遭う人間のほとんどは、自分が騙されるはずがないと思っている。

 そういう心の隙に、犯罪者でも鬼でも忍び寄ってくるものなのだ。


「私なんかは君子だから、危うきに近づかないけどね」

「そっすねー」


 おざなりな同意をする命だった。

 なにしろ、妖の依頼に応じて鬼を説得したり、金星人や京都市長を騒動に巻き込んだり、さらに国の秘密機関まで牽制しようとする君子である。

 たぶん新しい辞書がいる。


「おう小僧。いま何を考えたか、ちょいとお姉さんに言ってみなさいな」

「ほほう? 戸籍上は俺の方が年上のはずだが? 小僧扱いかね? アイちゃん・・・


 互いにしゃらくさい口を叩きながら、繋いだ手に力を籠める。愛ではなくて。

 けっこういたい。


 やがて、変なカップルは京都府庁に到着する。

 出迎えたのは、先日の九藤と白音だ。


 これぱかりは仕方がない。

 陰陽の大家とエルフを相手するのに、そこらへんの所員ってわけにはいかないのだから。

 応接室へと通され、お茶とお菓子が供される。


「一昨日とはうって変わった歓待ね。九藤さん」

「我々にも情報網があってね。いろいろ調べさせてもらったんだ」


 この前のような不意打ちではない。

 充分に準備して臨むことができる。

 ちなみに準備というのは、お茶とお菓子を用意することだ。高級なヤツね。


 あきれるなかれ。

 調べれば調べるほど、このエルフがバケモノだということが判ったから。

 敵対するなんてとんでもない。


 ていうか、エルフの族長を拉致監禁したあげく暴行するとか、大嶽丸ふざけんなって感じだ。

 全面戦争とかなったら日本滅びるから。わりとマジで。

 大嶽丸が勝手にやったこと、なんて言い訳は通用しないんだよ?


「我々としては、あなた方には誠心誠意対応したい」

「それが亀末廣かめすえひろ? えらく判りやすいわねえ」


 京都でも有名な老舗の和菓子屋さんだ。

 もちろんお菓子に罪はないので、命もクンネチュプアイも、遠慮なく高級和生菓子をつまんでいる。


「まあ、それもその一環だけどね。本命は人材の提供かな」

「ほほう?」


 九藤の言葉に、エルフの目が細まった。

 じつに楽しそうに。

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