第31話 バカップル爆誕


 さて、吉田神社を追い出された命とクンネチュプアイは、ちょっとした山登りを楽しんでいる。


 山といっても標高は百メートルちょっと。

 登山と称するより、起伏のある散策というのがふさわしいだろう。

 東山三十六峰のひとつ、吉田山である。


「歴史的には、神楽岡って方が正しいけどな」


 舗装されていない小径を、クンネチュプアイに手を貸しながら歩く命。

 身体能力が高く、森の中での活動を得意とするエルフには本来そんな必要はないのだが、クンネチュプアイは素直に青年の手を取っている。


「てっきり哲学の道とか銀閣寺に行くのかと思ってたわ」

「あっちは観光地すぎて、仕事を忘れるのは無理そうだからな」


「地元民ならではの渋いチョイスがいいわねえ」

「お褒めにあずかり光栄の極み」


 おどけてみせる。

 京都市民とはいえ、すべての観光名所を網羅しいてるわけではない。

 命がクンネチュプアイを誘ったのは、やはりエルフは木々のあるところが好きかな、と、漠然と考えたからだ。


 それに、この吉田山は平安京の起点のひとつであり、彼ら陰陽師にとってもなじみ深い場所である。

 なんとなく、そういう場所を見せてやりたい。

 一時的な滞在者としてではなく、長く住む場所としてこの街を知ってほしい。


「山頂にカフェがあるんだ。一服していかないか?」

「いいわね。そろそろ小腹がすいてきたところよ」


 にっこりとクンネチュプアイが笑う。

 本当に、こういう表情をすると若い娘そのものなのだ。

 六千年近くの時を生きてきた人外で、大嶽丸をプロレス技で投げ飛ばすような女傑で、妖どころか異星人にもコネがあるような怪物なのに。


「失礼なこと考えてる顔ね」

「そそそそんなことはないぞ」


「せめて私の目を見て否定しなさいよ」

「きれいだなと思ってたのはホントだぞ」

「どーだか?」


 笑い合う。

 やがて、山頂のカフェが視界に入る。


「わぁお。これはなかなかいいわね」


 クンネチュプアイが手放しで褒めるほど、閑雅で良い雰囲気の店だった。

 木々のざわめきのなかひっそりとたたずむ和風建築。

 振り返れば京都市街が一望できる絶好のロケーションだ。


「まさに隠れ家って感じ」

「でも休日には観光客でごった返すんだぜ。ずらっと行列ができてるのを見たことがある」


「よし。ここに結界を張って人を寄せ付けないようにして。ミコト」

「陰陽の術をそこまで私利私欲のために使わせようとするやつも珍しいよな」


「そこにしびれるでしょ? 憧れるでしょ?」

「いや全然?」


 くだらないことを言い合いながら店内に入る。

 内装はシックというか、昭和モダンという雰囲気で、ますますクンネチュプアイの機嫌が良くなってゆく。


 命は会心の笑みを浮かべた。

 やたら昭和ネタをぶん回すエルフだから、こういうところが好きなんじゃないかと思ったのである。

 ばっちり読み通りだった。


「してやったりって顔がむかつくー」

「気に入らなかったか?」

「くっ。今回は私の負けにしておいてあげるわよ」

「勝ち負けだったのか」


 すでに気付いていたが、命は楽しくてたまらなくなっていた。

 西京区のマンションを出て、京都大学についたあたりから、彼女といることが楽しくて楽しくて仕方がない。

 レストランで美味しそうにフレンチを食べる姿も、自転車の学生をひらりとかわす身軽さも、神社で妖怪の話をする剛胆さも。


「へんな人だよな。アイは」

「それは褒め言葉のつもり? 新しい辞書がいるわね」


 案内された席は眺望絶佳の特等席。

 季節が季節なら、五山の送り火もよく見えるという。


「ていうか、レストランもそうだったけど、やたら良い席に案内されるわね。べつに予約していたわけじゃないんでしょ?」

「コネ勝ちってやつだよ。これでも七条の当主だからさ。あちこちに顔が利くんだ」


 京都のみならず、この国を霊的に守護してきた一族である。

 過去に世話になったりして恩義を感じてる人も数多いという。


「金は恵んでくれないけど、いい席を融通してくれる程度のことはしてくれるんだ」

「お金より貴重でしょ。それは」


 眼下に見える絶景に目を細めながら、クンネチュプアイが笑う。

 命が大きく息を吸い、そして吐き出した。


「アイ。俺たちの関係なんだけどさ」

「うん」


 軽く頷き、エルフが正対する。

 冗談で流す気はないよ、と、瞳で語りながら。


「どうして釈然としなかったのか、やっとわかった。外堀を埋めるみたいに状況が決まっていったのが嫌だったんだ」


 一度、言葉を切る。

 言うべき言葉を整理するように。

 黙って次の言葉を待つクンネチュプアイ。


 青い瞳にごくわずかな不安の光が見えたのは、命の気のせいだろうか。

 ダメだろ俺、この人にこんな顔をさせたら、と、内心の怯懦を蹴り飛ばす。


「自分の口から言いたかったんだよ」

「うん」

「アイ。好きだ。俺の恋人になってくれ」


 もうちょっと格好いい言葉で告白するべきなのだろうが、何も出てこなかった。

 それなりに浮き名は流してきたはずなのに。


「はい。喜んで」


 満面の笑みを浮かべ、クンネチュプアイが答える。

 聡明な彼女とは思えないストレートな言葉で。


 そして言ってから、真っ赤っかになった。

 わたわたと両手を前に出す。


「ちょっと待ってミコト。もう少し良いセリフ考えるから。なにいまの。私は居酒屋か。もうすこし何かあるだろ。ちょっと待ってね」


 論理性とは無縁なことを口走りながら、必死に気の利いたセリフを考えている。

 信じられるかい? これが北の軍師とまで呼ばれたエルフの姿なんだぜ。


 これが見れただけでも、たぶん俺は人類で一番の果報者だ。なにしろ人間の前で動揺するなんて、空前にして絶後のことだろうから。

 などと、埒もないことを考えながら、命が右手を伸ばしてクンネチュプアイの金髪を撫でた。


「いいよ。アイ。その返事でいい。最高に嬉しい」

「むう……なんか負けた気がする」


 ごくわずかに頬を膨らます。

 ついさっき、負けで良いとかほざいていたくせに。


「いいじゃないか。たまには俺に勝ちを譲ってくれ」

「何をくれる?」

「このあと、吉田山荘で夕食ってのはどうだ?」


 吉田山の中腹にある旅館である。

 東伏見宮家の別荘として昭和の七年に建てられた屋敷を改装した高級な宿で、饗される料理だってもちろん一級品だ。

 建物だって有形文化財だったりする。


「くくう。それは買収されざるを得ないわね」


 あっさり白旗をあげるエルフ。

 それはもちろん、食事に釣られたわけではないだろう。


「ちなみに、旅館だから泊まることもできるんだ」

「できるでしょうねぇ」


 言葉の意味が判らないほどクンネチュプアイは子供ではない。挑発的に見つめ返す。


「さっそく、俺のものになって欲しいんだけど、どうかな?」

「ていうか予約なしで泊まれるような旅館なの?」


 ものすごい高級なお宿なのだ。

 飛び込みでは泊まれないどころか、一見さんお断りって追い出されちゃう可能性もある。


「そこはそれ。七条のコネでなんとでもなるから」

「コネを使うような局面なの?」

「俺の持ってる力のすべてを使って、アイを手に入れる」

「格好いいこと言ってるけど、やることは一緒だからね?」


 笑いながら手を伸ばし、髪を撫でる命の手に指を絡める。


「ミコトが死ぬまで、一緒にいてあげる」

「長生きしなきゃな」


 すばやく周囲を確認した陰陽師が顔を近づける。

 意図を察したエルフが、瞳を閉じて軽く上を向いた。


「大胆ね。こんなところで」

「おだまり。アイが魅力的すぎるのがいけない」


 唇が触れ合う。

 ざわざわと木々が梢を揺らす。

 小洒落た山頂のカフェ。

 京都の街並みへと小鳥が飛んでいった。

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