第30話 とっととお帰りください(by神)


 京都大学というのは誰でも入れる。

 もちろん入学できるという意味ではなく、敷地内に。


 構内には博物館や図書館、文学館などが点在し、レストランもあるのだ。


「私たちも、年齢的には学生たちと一緒よね」

「まあ、戸籍上は?」

「そいつはいわねえって話だぜ。ミコトさんや」

「お、おう」


 行き交う学生に混じってそぞろ歩くクンネチュプアイと命。

 十九歳と十八歳(戸籍上)のカップルなので、大学内を歩いていてもまったく違和感はない。

 それに、あきらかに学生には見えない観光客の姿も、けっこうあったりする。


「こんなところも観光客だらけか」

「仕事の話はなしよ。ミコト」

「だな」


 絶賛デート中である。

 デートに大学というチョイスもなかなか興味深いが、べつに忍び込んで講義を受けようというわけではない。


 二人の目的地はレストランである。

 一九二五年に建てられたという時計台に、かなり小洒落たフレンチレストランが入っているのだ。


「大正時代よね。京都の建物ってどれもこれも古くて歴史があるから、大正くらいじゃ驚かないわ」

「ゆーて、平成に入ってから改装されてるから、そこまで古いわけじゃないけどな」

「平成三年って、けっこう昔じゃない? 人間の時間感覚としては」


 ざっと三十年近く前だ。

 新しいとはいえないだけの年月は経っている。


「いやいや。京都人にとって三十年はついこの前さ。戦争で蔵が焼けましてなあなんてセリフは、太平洋戦争じゃなくて応仁の乱のことを指してたりするからな」

「あんたらはエルフか」


 きゃいきゃい騒ぎながらのそぞろ歩き。

 クンネチュプアイは命の腕に自らのそれを絡め、仲睦まじさをアピールしまくっている。


 絵になる二人だ。

 背が高く、爽やかな印象で、精悍な中にも優しさがにじみ出す好青年ととびきりの美女。

 なのだが、どういうわけか女の方は印象に残らない。


 美人だということは判るのだが、いざ容姿を思い出そうとしてもどうしても思い出せない。

 認識阻害のチカラである。

 透けるような白い肌も、艶やかな金髪も宝石のような青い瞳も、もちろん尖った長い耳も、けっして人の印象には残らないのだ。


「それはそれで人類の損失な気もするんだけどね。私の美しさを憶えておけないなんて」

「自分で言うなよ。つーか認識阻害が効いてなかったら、むしろ大パニックだろうよ」


 命の苦笑だ。

 大学構内にエルフが出現したら、そりゃもう大騒ぎである。


「だから、撮影とかされないように気をつけてくれよ。アイ」


 念を押しておく。

 認識阻害は万能ではなく、カメラのような機械の目には効果がない。なにしろ機械というのは、こんなものがこんなところにあるわけがない、という先入観を持っていないから。

 クンネチュプアイの姿も、あるがままに映してしまう。


 ただまあ、その画像を見る人には認識阻害は作用するため、エルフだとばれる可能性は極小のものである。


「それに、見えたとしても、よくできたCGですねでおしまいよ。今のご時世、CGで作れないものはないからね」


 肩をすくめるエルフだった。

 人間社会は、どんどんオカルトを切り捨てている。


 夢やロマンを追い求めるより現実を見ろ、という風潮だ。

 それはそれで人類の選択というもので、クンネチュプアイが口を挟むようなものではないのだが。


「あんまり偏狭すぎると発展も頭打ちになるよ、とは言いたくなるわね」

「ネッシーがいないことを、血眼になって証明したりな」


 命もまた同様のポーズをした。

 彼ら陰陽師も、オカルトにカテゴライズされる存在である。


「いやあ、あれは大変だったらしいわよ。スコットランドに住んでる妖精たちが、調査団の到着に先駆けて転移魔法でネッシーを一時避難させたりとか」

「まあ、もしいることが証明されてしまったら、つぎにくるのは乱獲だしな」


 いない、ということにしておいた方が都合が良いこともある。


 個体数が百を切ってしまったネッシーが乱獲なんかされたら、あっという間に絶滅だ。

 保護して研究するといったところで、残念ながら今の人間の科学力では水棲竜シーサーペントの飼育は不可能だろう。

 できないことに挑み、試行錯誤を重ねて不可能を可能にしてきた人類だが、それまでに種ごと消えてしまった動物も少なくない。


「水棲竜はさすがにね。人間の手で古代種を終わらせるのは、ちょっとね」

「だな」




 謎の会話と本格フレンチを楽しみ、次に二人が向かった先は吉田神社である。

 自転車の学生たちをひょいひょいと縫うように移動し、ほんの五、六分の距離だ。


「ここが全国の吉田さんを祀る神社ね」

「言うと思った。それだと田中神社とか山田神社もないといけないじゃないか」


 日本人の苗字はざっと三十万種類。

 ひとつひとつに神社があったら大変なことになってしまう。吉田神社が祀っているのは、健御賀豆知命たけみかづちとか伊波比主命いはいぬしだ。


「他にも、かなりたくさん祀ってるな」

「全国の神様だっけ?」

「ああ。もともと平安京の守護神として建てられたから」


 命たち陰陽師ともけっこう関わりが深い。

 厄除けという意味では商売敵だってりもするが。


「京都はほんとに神社仏閣だらけよね。どんだけ霊的守護を受けようとしたんだか」


 軽く笑って参道を進むクンネチュプアイ。

 もちろん命と腕を組んで。

 けっこう広い境内なのだが、エルフも陰陽師も疲れた素振りすらない。鍛え方が違う、というよりエルフの場合は基礎的な身体能力が人間とは比較にならないのだ。


「霊力上げまくりのせいで、妖たちまで住んじゃってるしな」


 命が苦笑する。

 酒呑童子やエモンだけでなく、九尾の狐『玉藻の前』みたいな大妖怪だって住んでいた。

 そもそも霊力に正邪の別はなく、誰にとってもエネルギーとなるのである。


「じっさい、大騒ぎに乗じて、栃木県からたまちゃんが戻ってくるかもと思ったけど、あっちの方が居心地が良いみたいね」


 命が参拝するのを見守りながら笑うクンネチュプアイ。

 エルフは信仰を持たないので、参拝まではつきあえないのだ。


 というより、むしろ彼女に拝まれたら神々の方が嫌がる。「何が目的だ!? 金か! 力か!」くらいの勢いで怒鳴り込んできかねない。


「誰だよたまちゃんって」

「九尾の狐よ」


「そのニックネーム!?」

「いまは栃木に住んでるわ。相互フォローしてるの」


「どうしよう。伝説の大妖怪とエルフがSNSでやりとりしてるって、誰に言ったら信じてくれるだろう」


 半笑いしか出ない命だった。

 退治されたはずの九尾の狐が生きていることについては、いまさらの話である。そもそも鬼でも妖怪でも、基本的には死なない。

 地上における影響力が減ったらでてこなくなる、というだけの話だ。


「きたらきたで、ミコトが浮気しないか心配なんだけどね」


 悪戯っぽく笑う。

 どくんと命の心臓が跳ねる。

 突然こんな顔をするからクンネチュプアイは卑怯なのだ。


「さすがに妖怪と浮気はしないと思うぞ」

「傾国の美女よ」

「それはアイだって同じだろ」


 なんとか体勢を整えて反撃に転じる。


「おおっと。なかなかやりますな。ミコトさんや」


 今度はエルフが頬を染めた。

 吉田神社に祀られた幾多の神々が、早く帰れと睨んでいる。

 困ったバカップルであった。

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