第29話 やろーどもの意見
こんなしょーもない理由で恋人が決まった男が他にいるだろうか。いや、ない。
反語まで作って嘆く命であった。
「は。うぶなネンネじゃあるまいし」
「アイさまにかかればそんなものですよ」
「ミコちんがアイちんにとられちゃったわぁ」
酒呑童子、エモン、サナートの感想である。
信じられるか? こいつらこれで仲間なんだぜ。
命が頭を抱える。
もちろん、本当に恋愛するわけではなく契約でしかない。RCBを安心させるための。
酒呑童子の言うとおり、嘘の恋人ができたことを嘆くほど純真でもなければ子供でもない。
ないのだが、
「なんか釈然としない」
むっさい顔をしてみせる。
「なにさ? 私の恋人は嫌なの?」
そしてクンネチュプアイを怒らせているのだから処置なしだ。
酒呑童子のマンションである。
昨日、RCBとの間にも一応の協力関係を結ぶことができた。
茨木童子もまだ寝床からは起きるのは難しいものの、完全回復は時間の問題だろう。
良いことずくめなのだが、命だけが釈然としていない。
「嫌なわけじゃない。なんか腑に落ちないだけだ」
クンネチュプアイは超がつくくらいの美人だし、頭も良いし機転も利く。少しスレンダーすぎるきらいはあるがスタイルだって良い。
性格はまああれだけど、一緒にいて退屈しないのは事実だ。
「おい小僧。あれってなんだ。あれって」
エルフの苦情は丁重に無視しておく。
「そもそも、嫌いだったら一緒に行動なんかしないさ」
何度も何度もデートじみた行動をしているのだ。
仲間とはいえ、本当に気の合わない反りの合わない相手だったら、利用をつけて断るだろう。
「じゃあ、何が気に入らないのよ。私が処女じゃないから嫌だとか?」
「馬鹿な。そんなこと気にするわけないだろ」
命自身が童貞でないくせに相手に純潔を求めるとしたら、ずいぶんと身勝手な話だろう。
「よく判らないわね。なんなのよ」
「俺にもわからん。だからいらいらするんだ」
むうと命が腕を組む。
単に押しつけられた関係が嫌だ、とも思ったがそういうわけでもない。陰陽師の家系を紐解けば、政略結婚なんて掃いて捨てるほどあるから。
結局、自分の気持ちが自分で判らないのだ。
なかなかにめんどくさい男である。
「それならさ、一回ちゃんとデートしようよ。それから私たちの関係をちゃんと考えてみるってのは?」
「ふむ……それはありか……」
エルフの提案に頷く命。
うじうじと悩むのは流儀ではないし、判らないことをそのままにしておくというのも心楽しくない。
仕事抜きでクンネチュプアイと行動してみるというのも、悪くないことのように思える。
「OK。そうと決まればさっそくいこうよ」
「気が早いな。二人とも普段着じゃないか。俺はかまわないけど、アイはおしゃれとかしないのか?」
「私は美人だから、なにを着ても美しいのよ」
「そういうとこだぞ」
きゃいきゃいと騒ぎながらリビングを出てゆく。
残された男三匹が、はぁぁぁ、と大きなため息を吐いた。
バカップルに呆れて。
「ミコトどのの鈍感っぷりはともかくとして、アイさまもご自分の気持ちに気付いてないかもしれませんなぁ」
微妙な顔をするエモン。
クンネチュプアイとの付き合いも千年近くになるが、あのような姿は記憶にない。
「アイちんは昔から感情が複雑骨折してるからぁ。頭が良すぎるのも考えもの
なのよぉ」
サナートも半笑いだ。
そもそも、クンネチュプアイが京都に残る条件として恋人の存在が挙がったのがおかしいのである。
考えてみずとも、恋人なり夫なりがいるからこの街に住むなんて、そんな理屈が通るわけがない。
いまは住民の移動が制限されていた時代ではないのだ。
一緒に引っ越してしまえば良いだけの話なのだから、なんの保証にもなっていない。
にもかからわずクンネチュプアイがそんな条件を出したのは、とりもなおさず彼女自身がしばらくは京都にいたいと思っている証拠だ。
「で、ミコトの小僧を好いてるって証拠だやな」
アメリカンな仕草で両手を広げる酒呑童子だった。
関係ない二人を巻き込んでの婿(嫁)選びである。あんなの、選択肢なんて最初からあってないようなものだ。
いきなり話を振られた九藤と白音とやらが拒否することも、事態の急転についていけず命が放心してしまうことも計算して、最も荒唐無稽な形で告白したのである。
にわかには信じられないが、あれは告白なのだ。
君が好きよ、と。
「問題は、アイさまが無意識にやっているということでしょうなぁ」
「そこがアイちんのアイちんたる所以よお」
エモンの言葉に、サナートがくねくねする。
タヌキよりなお付き合いの長い金星人は、もうすこしエルフの族長のことを知っている。
ものすごく頭が良いため、むしろ感情が置き去りにされてしまうのだ。
普段なら、いっけん無意味そうに見えて、じつはちゃんと意味があるという言動になるが、今回のケースは無意味に見えてやっぱり無意味という、クンネチュプアイらしからぬ話の運び方だ。
あとで話を聴いた三人も、一瞬で判った。
あきらかにおかしい、と。
どうしておかしいのかを考えれば、自ずと答えは見えてくる。
「わからねえ小僧がどうかしてるのさ」
笑う酒呑童子。
命だって、クンネチュプアイのことを憎からず思っているのだ。
本人が気付いてないだけで。
「だいたい、好きでもない女を命がけで助けにいくかってんだよな」
「まったくですなぁ」
目の前で誘拐された失策を取り返そうとした。あのエルフがいなくては同盟が崩壊してしまう。
それはたしかにその通りだろうが、そういうもっともらしい理由付けで、陰陽師は自分を騙していたにすぎない。
男が女を助けに向かうとき、そもそも理由なんか必要ないのだ。
好きだから、という以外の。
だからクンネチュプアイが大嶽丸に犯されたと知ったとき、彼は激昂したのである。
大声で喚き散らすよりもはるかに強く、重く、命は激怒した。
涼しげに流れる清流の下で、凄まじいうねりが生まれているかのように。
仲間だというだけでは、そこまで怒れるものではない。
まして種族の異なるエルフのことで。
「そこがミコちんの可愛いところよお」
あいかわらずくねくねする金星人だった。
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