第33話 仲間が増えたよ
「あなた達の計画について、この白音に協力させる」
九藤が紹介したのは、初日から一緒にいる女性だった。
本人は婚約者がいるとかいっていたが、なにしろ咄嗟のことなので本当かどうかまではわからない。
「人身御供?」
意地悪そうに唇を歪めるエルフ。
こういう表情をすると、本当に邪悪に見えるから不思議だ。
「人聞き悪すぎ!?」
「やーね。軽いジョークじゃない」
上司と人外の馬鹿話にかまうことなく、白音が椅子から立ちあがり一礼した。
「あらためてよろしくお願いします」
名前の通り白い肌、黒目がちの瞳はどことなく不思議な光沢を放っている。
「ミコトが見とれてる。これは浮気の兆候ね。交際が始まったばかりなのに」
「ば、ばか! そんなんじゃない!」
動揺する陰陽師だった。
じっと見ていたのは事実だったから。
もちろん、白音が美人だったためではない。
「ただの人間の気配じゃないっていうか。だからって人外ってわけでもないし」
むうと唸る。
「イタコよ。その娘は」
そしてエルフがあっさりと解答を与えてくれた。
「なる……霊能力者の気配だったのか……」
「正統的な陰陽師のミコトにとっては、民間信仰は馴染みが薄いもんね」
ましてイタコというのは東北地方の北部が拠点だ。
京都の七条家と交流があるはずもない。
「そもそも信憑性すら疑われて久しいですしね。信じている人なんて、いまはもういないでしょう」
くすりと笑う白音だった。
イタコは
その信憑性が一気に疑われたのは、大昔、テレビ番組でマリリン・モンローの口寄せをおこなったことに起因する。
なにしろイタコの身体に降臨したマリリン・モンローは完全な
なんでアメリカ人が日本語、しかも青森の言葉で話すんだよってのは、いかに愚かな視聴者でも思ったらしく、誰もイタコの口寄せなんぞ信じなくなった。
番組製作者が
もちろんこの実験は嘘、というより意味のないものだ。
降霊ってのは、どんな霊でものべつ幕なしに呼べるような便利な力ではないし、そもそも理由がなくては呼べない。
テレビに出てくださーい、なんて理由で召喚できる霊体なんぞ、あるわけがないのだ。
だからマリリン・モンローの霊なんか呼べないし、テレビに出るなんてことも絶対にない。たとえばディレクターなりプロデューサーなりが、お茶の間の皆さんのためになんて無理強いすれば、不審死した彼らが発見されるだけだろう。翌日くらいに。
あの番組は、霊能力なんかありませんよ、と、国民に印象づけるために制作された。
オカルトを否定したい時代だった、という以上に、おそらくイタコたちがRCBとの協力関係を構築した時期だったのだろう。
「本当に力を持った集団である、なんて情報が流れる方が怖いものね」
「ご明察です。クンネチュプアイさん」
ゆったりとした口調で白音がエルフの言葉を肯定する。
とにもかくにも、霊能力も超能力も存在しないということにしておいた方が、国の上層部には都合が良い。
だが実際は、鬼だって妖だって存在する。
陰陽師やイタコだって同様だ。
「無知蒙昧にして愚かな日本国民どもが知る必要はないことだけどね」
「……我々はそこまで言ってませんよ」
なんだか高笑いでもはじめそうなクンネチュプアイに、白音も九藤も嫌な顔をした。
そりゃもうものすごく。
なにしろ彼らは、国民をバカにしているから情報を秘匿しているわけではない。
普通に生きる人々にとって、人外だの異星人がいますなんて情報はまったく必要ないし、そもそも知ること自体か危険なのだ。
魔に魅入られやすくなるから。
これは命たち陰陽師が、一般人に術を教えて戦わせたりしないのと同じ理由だ。
鬼は、こちらがルーキーだからと手加減なんかしてくれない。
脆弱な部分から容赦なく狙ってくる。
人間側の被害を少なくするには、有象無象に戦い方を教えるより、少数精鋭の方が良いのだ。
「それが人外との戦いってもんだからな」
悟りきったようなことを言って、命が肩をすくめた。
「いゃあぁぁぁ!! やっぱり帰る! わだす
白音が叫んでいる。
後半なんか
それは良いとして、二十三、四の美しい女性が路上にうずくまって泣き叫ぶというのはどうかと思うんだ。
「往生際が悪いわね。とって食われやしないわよ」
呆れたように言って腕を引っ張るクンネチュプアイ。
とにかく歩かせないと。通報なんかされたら厄介だ。
「嘘です嘘です嘘です! 酒呑童子と四天王と茨木童子まで揃ってる場所になんか行きたくありません!!」
まるで駄々っ子である。
「大丈夫。狸谷山不動の古狸と鞍馬天狗もいるから」
命が助け船を出す。
温厚なエモンと女性には興味のないサナートだから安心だ。
「なにがどう安心なんですか! 七条さん!」
むっきーと怒っちゃった。
助け船、轟沈である。
「まあまあシラネ。ここで帰っちゃったら、九藤さんに怒られるだけでしょ」
「ううう……」
ちょー情けなさそうな顔で立ちあがり、とぼとぼと歩きだす。
社会人というのは、ときとして理不尽な命令にも従わなくてはならない。
ましてRCBにはパワハラなんて言葉は適応されないのだ。任務を途中放棄して逃げ帰ってきた、なんてことになったら、文字通りの意味で首が飛ぶ可能性もある。
「私が襲われないんだから、シラネ程度が襲われるわけないじゃん。美貌的にも魔力的にも」
「それはそれで傷つきますよう……」
事実だけど。
一片の曇りもない事実だけど。
エルフと人間だもの。
比べるのがおかしいって話である。
「傷つく必要はないわよ? シラネは人間にしては強い魔力を持ってるし。エキゾチックな顔立ちだから、とくに外国人にモテモテだろうし」
「うん。慰めてるつもりなら、そろそろ口を閉じた方がいいぞ。アイ」
大げさに命がため息を吐く。
両手に花っぽい状況なのに、まったく心は躍らなかった。
やがて辿り着いた西京区にある酒呑童子のマンションでは、鬼とタヌキと鞍馬天狗が宅配ピザを食ってた。
昼間っから、缶ビールを片手に。
視界には映っているのに、脳が理解を拒否してしまったため白音がフリーズする。
「おーい。戻ってこーい。シラネー」
ひらひらと手を振っているクンネチュプアイは放置して、苦笑しながら命がリビングに入った。
「なんの騒ぎなんだ? これは」
「茨木が快復してな。そのパーティーさ」
さっそく、きんきんに冷えた缶ビールが投げ渡された。
肩をすくめる。
深手を負っていた女鬼が復活したのはけっこうなことだが、これでは仕事になりそうもない。
諦めきった顔でプルタブを切る陰陽師だった。
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