第27話 登場、RCB


 殺風景な会議室で対峙したのは、奇しくも男女のコンビだった。

 知事はいない。


 責任を回避したというより、政治家の彼には妖の知識が乏しいからである。あくまで責任者は責任を取るために存在し、実務レベルでの知識や経験が求められるわけではない。


「お初にお目にかかる。エルフのお嬢さん。私は九藤くどう。RCB京都本部のリーダーをしている」


 席に着いた真面目そうな男が自己紹介する。

 女性の方は、白音しらねと名乗った。

 ものすごくビジネスライクな雰囲気だ。

 RCBの二人はきっちりスーツなんか着こんでいるし。


「さて、我々にご用とのことだったが」

「そうね。大嶽丸の暴走に関して、なんでそんなことをしたのか、動機を訊いておこうと思って」

「なんのことか判らないな」

「さきに、とぼけるのは無意味だと言っておくわね。風の精霊シルフはどこにでもいるから、情報もらい放題なの」


 地球上にいるかぎり、大気があるかぎり、風の精霊は常に見ている。

 そして精霊の声を聴くことのできるエルフは、彼女たちからいつでも情報を引き出すことができる。


 うわぁ、と、命が小声で呆れた。

 本気で名探偵でもなんでもなかった。明晰な頭脳とか鋭利な推理力とかで結論を導き出したのではなく、精霊と交信できるというエルフの特殊能力を使って犯人が判っちゃう。


 なんというか、世にあるすべての推理小説と名探偵たちに心から謝罪するべきである。


「……なるほど。エルフがすぐれた精霊使いシャーマンであるというのは、『ロードス島戦記』だけではないということだね」


 九藤が苦笑した。

 一九八八年に水野良が著した異世界ファンタジー小説である。

 日本の異世界ファンタジーはここから始まったといっても過言ではないくらい有名な作品で、二〇一九年に十二年ぶりの新シリーズが刊行されている。


「詳しいわね、九藤さん」

「私の青春時代だったからね。クンネチュプアイ」

「でも、私の方がディードリットよりだいぶ強いわよ。なにしろ族長だから」

「逆らっても無駄ということは判ったよ」


 謎の会話のあと、両手を掲げて降参の意思を示す。

 もちろん命にはこいつらが何を言ってるか、さっぱり理解できない。

 見れば白音のほうも困った顔をしている。

 無意味にシンパシィを感じてしまう陰陽師であった。


「で、なんで大嶽丸を焚きつけたの?」

「ここ数年の、異常なまでの観光客の増加で、京都に渦巻く負のエナジーがちょっと洒落にならないレベルになっているのだよ」

「ええ。知ってるわ」


 クンネチュプアイが頷く。

 命もまた同様のポーズをとった。

 それをなんとかするために、彼らは活動しているのである。


「ならば話は早い。我々は大嶽丸氏と契約し、負のエナジーの処理を依頼した」


 九藤の話は続く。

 京都の溢れる悪い感情を食ってやるから、そのための活動拠点をよこせ。あと陰陽師どもをけしかけるな、というのが契約内容だ。

 ときどき白音が修正を入れるが、大筋においてはそんなものである。


「あー、なんというか、それ騙されてるわよ」

「ああ。鬼どもが一番良く使う手だ」


 口々に言うクンネチュプアイと命。

 鬼や悪魔は人間に対して、非常に有利な条件で契約を持ちかける。より正確には、いっけん有利に見える条件というやつである。

 充分に精査しても、落とし穴は見つからない。


 しかし、ちゃんと鬼が儲かるようになっている。

 これが鬼との契約だ。


「じっさい、一時的には負のエナジーが減ったでしょ」

「ああ」

「最初に大食いして有用性を見せると同時に、一気にパワーアップしたのね」


 RCBを信用させ資金提供を引き出したのは、もちろん本拠地の確保が狙いだ。

 しかし、京都の人々の悪感情は、多少の負のエナジーを食ったくらいではなくならない。

 抜本的な解決にはほど遠いからだ。


 なにしろ観光客のマナー違反は、延々と続いているから。


「RCBはたぶんエナジーの数値しか見てなかったんじゃない?」

「…………」


 沈黙してしまう九藤と白音。

 まったくその通りだったからである。


「人を見ないと。データなんてものはあくまでも数字よ。結局、街は人が作るものだし、人がいるから街は生きてるのよ」


 やれやれ、といった感じのクンネチュプアイの口調だ。

 便利に、簡単に済まそうとする心に、鬼や悪魔は忍び込んでくる。


 RCBの連中は、街に出て負のエナジーがどうして発生しているのか確かめることをしなかった。

 単に計測器の針の上下を見ていただけ。

 大嶽丸が入り込む余地が、充分にあったわけだ。


 そして、公然とエナジーを吸収できるようになった鬼は、どんどんパワーアップしてゆく。

 神になっちゃおうかなって野心が芽生えるくらいに。


「そのへんは大嶽丸も調子に乗ってしまったのね。RCBを上手く利用できたし、俺って万能かもって思いこんじゃったのかも」


 ふうと息を吐くエルフ。


「九藤さん。現場ではこんな警句があるんだぜ。ラクをしようとして手を抜けば、かえってめんどくさいことになる、ってな」


 かわって口を開いたのは命だ。

 彼ら陰陽師の世界では、愚直なまでに手順が遵守される。

 行程を省くということは絶対にない。


 なぜかといえば、それが最も効率の良い方法だと、長い長い陰陽道の歴史の中で学んできたからである。

 千年以上に及ぶ歴史の積み重ねは、小手先でちょいちょいと変えてしまえるほど軽いものではない。


 昭和も四十年代になってから作られた組織とは年季が違うのだ。


「魔との対話ってのが無意味なものだとは思わない。俺もこの件で、妖や鬼、それにエルフのことをだいぶ知ることができたと思う。けどそれは、実際に触れあったからこそ判ったことなんだ」


 ともに語り、ともに食事を楽しみ、ともに戦ったから、彼らが何を考え、何をして生きるのかが少しだけ理解できた。

 上っ面の折衝だけでは、絶対に理解し合うことはできない。

 利用したり利用されたりすることはあっても。


「そしていま、俺たちは観光客のマナー向上に取り組んでる」

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