第26話 エルフVS知事


 大嶽丸が誰かにそそのかされたのではないか、という話は、昨日の段階で出ていた。

 その、誰という部分を、これから調査することになるだろうな、とも、命は思っていた。


「いんすぱいとおぶ、もう犯人わかってるとか」

「すごいでしょ。どっかの名探偵の孫とか小学生名探偵もびっくり」


「アイは探偵を名乗ってはいけないと思う。だって推理パートも手がかり集めパートもないもん」

「いやぁ」


「判ってると思うけど、褒めてないからな?」

「な、なんだってー」


 きゃいきゃいと騒ぎながら京都の街路を歩く。

 碁盤の目に整えられた美しい街だ。


「この街路を使って、異星人を落とし穴に落としてやっつけるのよ。検非違使が」

「言ってることが一グラムも判らない」

「『平安京エイリアン』よ」

「しるかー!」


 一九七九年に東大生が開発したゲームだ。

 京の町に侵入したエイリアンを検非違使がやっつけるという荒唐無稽な内容で、攻撃方法も落とし穴を掘ってそこに落とし、埋めちゃうという非常に地味なものだったが、けっこう人気を博した。


「私もゲーセンで熱くなったものよ。当時は」

「ゲーセンエルフ……」


 もちろん、命が生まれるよりずっとずっと前の話である。

 まあ、ゲームはともかくとして、碁盤の目というのは非常に行動しやすい。

 住所さえ判れば、地理不案内な者でもわりと迷うことなく目的地にたどり着くことができるのだ。


「おおー、風情のある建物ねー」


 そうして到着した二人。

 クンネチュプアイが感心する。


「北海道庁もけっこう格好良くないか?」

「赤れんがはもう観光地よ。いまの道庁は普通のビルね」

「こっちのも旧本館は開放されていて、実際の公務には使われてないんじゃなかったかな?」

「なら、あとから見学しようっと」


 ほとんどただのデートである。

 黒幕的な何かに会いに向かっているとは、ちょっと思えない。


 受付で来意を告げる。

 アポイントも無しにやってきて知事に合わせろと言ったって、普通はぽいっとつまみ出されておしまいだが、七条家の当主が来たとなれば話は違う。


 知事室へと案内される。

 面会の順番を飛ばすほどには厚遇されていないので、少し待たされはしたが。


「七条のご当主。さすがにアポなし訪問というのは礼を失しているのではありませんかな?」


 知事室。

 重厚なデスクを挟んで、知事が唇を歪めた。

 立場的に会わないわけにはいかないけど、まったく歓迎なんかしてないからな、と、はっきり顔に書いてある。


「それは失礼しました。ですが我々の仕事というのは、だいたいいつも突然発生するものですので」


 しれっと答える命。

 互いの瞳から放たれた視線がばちばちと火花をあげて絡み合う。

 飛び散っているのは愛ではなく敵意の炎だ。


「まあまあ。ふたりとも落ち着いて」


 どんだけ仲が悪いんだよ、と、思いながらクンネチュプアイが口を開いた。


「ざっくばらんにいきましょうか。知事さん。あなたの直轄組織について」

「……このかたは?」


 知事が命に問う。

 本人に訊けよ。びびってんのかよチキン野郎、と、副音声で語りながら、陰陽師がエルフを紹介した。


 表面上、知事の顔に変化はない。

 が、じっとりと汗ばんだ手が、彼の動揺を物語っている。


 なにしろ目の前に怪異がいるのだから、いくら知事が知っている側の人間だとしても平静ではいられない。

 ましてエルフだもの。妖怪とか鬼とかとは違って、異世界ファンタジーの登場人物だもの。

 顔に出さなかっただけでも、知事の胆力はたいしたものだ。


遺物対応局RCBのことよ? 念のためにいっておくと。彼らの動きについて、ちょっともの申したいことがあってね」

「そんな連中は知らない、といったら?」


「思い出すまで締めあげる、なんてことはしないわよ。ちょっとだけ素直な気持ちになれるエルフの秘薬を飲ませてあげるだけ」

「自白剤ですか?」


「惚れ薬よ。十八歳の小娘のお尻を追いかけ回す知事のできあがり」

「それは、政治生命どころか社会的な生命が終わりそうですな」


 知事が肩をすくめる。

 いろいろおかしすぎる、と、命は思ったが口には出さなかった。


 惚れ薬を脅迫材料として使うなとか、あんたが十八なのは戸籍上だけじゃねーか六千歳がとか、自分に惚れさせることが大前提かよ、とか。

 あまりにツッコミどころが多いと、なにから言って良いのか判らないものなのである。


「して、RCBにいかなるご用ですか? エルフのお嬢さん」

「大嶽丸をけしかけたでしょ。なんでそんなことをしたのか訊いておきたくてね」


 クンネチュプアイの唇の端がつりあがる。

 美しい顔からちょっと想像できないような邪悪な笑い方だ。

 知事など、物理的な痛みを感じたほどである。


「判りました。別室を用意させていただきます」


 逡巡があったとしても、それは長時間のことではなかった。

 無駄な抵抗は同時に無益であることを、知事は知っていたから。



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