第22話 陰陽師VS鬼
「大嶽丸。アイを返してもらうぞ」
足を踏み入れたのは、五十畳ほどもありそうなホールだ。
パーティーなど開くための場所だろうか。
しかしそこは、まるで謁見の間のように改装され、奥には豪奢な椅子があり、その上に大嶽丸がふんぞりかえって座っている。
ボスだよ! と、全身で語っているような雰囲気だ。
素早く視線を走らせ、人質の居場所を探す。
そして発見した。
してしまった。
片隅に設置された檻と、その中に閉じこめられた二人の女性を。
なぜ女なのか一発でわかったのかといえば、全裸で縛られているからだ。
SMもののアダルトビデオもかくやという格好で。
気を失っているのか、ぴくりとも動かない。
悪趣味の極致である。
「茨木童子!?」
驚愕の声を酒呑童子があげる。
さすがにこういう事態は想定していなかったらしい。
女王然として大嶽丸の横に侍っているとか、そういう風に考えていたのだろう。
「陰陽師の小僧に酒呑童子、それから狸谷山不動の古狸か。なんの団体なのか、さっぱりわかんねえな。お前ら」
えっらそうにふんぞり返ったまま、大嶽丸が唇を歪めた。
三人は反論しなかった。
事実として彼ら自身もなんの団体か判らないというのもあるが、それ以上に大事な問題があったので。
「アイに何をした」と、命。
「茨木童子に何をしやがった」と、酒呑童子。
主語が違うだけの同じ質問は、押し殺した声まで同じだった。
「それを訊くかよ? 美味しくいただいたに決まってるだろうが。もちろん性的な意味でな。ふたりともじつに良い声で鳴きやがったぜ」
げらげらと笑う。
対する命も酒呑童子も無表情だった。
激昂するのではない。
ある種の爬虫類のように、完全に表情を消していた。
「OK。それだけきけば充分だ」
「ラクに死ねると思うなよ」
地の底から響くような声とともに歩き出す。
大嶽丸へと向かって。
一方は高周波ブレイドを右手に、他方は巨大化した両手の爪を刃のように伸ばし。
一歩一歩を踏みしめるように近づいてゆく。
ゆらりと大嶽丸が立ちあがった。
悪趣味なガウンを脱ぎ捨て、裸の上半身を晒して。
その身体に刻まれた無数の傷は歴戦の戦士たる証か。
だが、べつにそんなものに命も酒呑童子も注目しなかった。
まったく興味なんてないから。
そう。
これから殺す相手の戦歴なんか、一ミリグラムも興味ない。
ちらりと視線を交わした二人が同時に突進する。
アイコンタクトは連携ではない。
早い者勝ち、という意味だ。
ほとんど同時に大嶽丸に迫るが、さすがに酒呑童子の方が速かった。
鬼の爪と鬼の爪が衝突し、青白い火花が散る。
「くくく」
「ちっ!」
含み笑いと舌打ちを発して跳び離れる二匹の鬼。
着地と同時に酒呑童子の左の爪が砕け散った。
他方、大嶽丸の爪はまったく無傷である。
「てめえ……なんだその力は……」
「答えると思うか? 酒呑童子」
追撃へと移行する大嶽丸。が、振り下ろした爪は音高く弾かれる。
命の高周波ブレイドに。
「小僧!」
「斬れずに弾くだけか。その爪の強度もインチキ臭いレベルだな」
いきり立つ大嶽丸に、にっと唇を歪める。
その隙に、酒呑童子が攻撃圏外へと逃れた。
「すべてのものを切り裂く剣なんだけどな。これ」
「世迷い言を!」
憎々しげに呻き、たーんと跳んで距離を取る大嶽丸。
命というより、高周波ブレイドを警戒して。
しかし、それは悪手である。
「陰陽師を相手に距離を取るとか、バカかあんたは」
びし、と、剣を鬼に向ける。
はるか間合いの外。
しかし陰陽師にとっては、そこそこ距離がある方が有利なのだ。
「青龍、白虎、朱雀、玄武、勾陳、帝台、文王、三台、玉女!」
縦横に高周波ブレイドを振りながら九字を唱える。
剣の軌道を光の帯が彩った。
本来であれば剣に見立てた手刀で九字を切るのだが、ものすごい力を持った剣を手にしているのに、わざわざ見立てる必要はない。
縦に四回、横に五回、格子状に切られた印は、破邪の法。
まさに、鬼を打ち払うための陰陽術だ。
「へぐあ!?」
網のように飛んだ光が、大嶽丸を打ち据える。
大きくのけぞり、巨大な胸板からからはぶすぶすと白い煙があがっている。が、それだけだ。
大ダメージを与えたものの、消滅まではさせられない。
目を細める命。
「どんだけ負のエナジーを貯め込んでんだよ……」
破邪の法というのは、陰陽師が使う技の中でも最大級の力を持っている。普通はこれ一発で鎮められるのだ。
まして今回は命の霊力だけでなく、鞍馬天狗の力まで上乗せして放った。
ぶっちゃけ、酒呑童子だって調伏できるような一撃だったのである。
「ぐふふふ。やるじゃねえか。小僧」
鬼がぎろりと睨みつけた。
やせ我慢なのか、まだ余裕があるのかは判らないが、とにかく戦意は喪失していない。
「何をたくらんでる。大嶽丸」
剣を突き付けたまま命が問う。
異常な戦意にも呆れるが、ここまでの異常行動についても問い質して起きたい。
人間の女を犯し、喰らうならばまだ理解はできる。
もちろん容赦できることではないが、鬼とは本来そういうものだ。人の恐怖や絶望を糧としているのだから。
ただ、同族の女やエルフを犯してエナジーを奪うというのが意味不明だ。
前者はまさに共食いというやつで、人間だけでなく鬼の間でも忌避されている行為だし、クンネチュプアイにそんなことをするというのは、エルフ族に戦争を仕掛けるのと同義である。
勝算など立つわけがない。
仮にここで酒呑童子や命を葬ったところで無意味だ。
もし封印されているエルフ艦隊が出張ってきたら、京都ごとぷちっと潰されておしまいだろう。
そのあたりをどう考えているのか。
ぜひ訊いておきたい。
「俺はよう、神格に昇りつめてえんだよ。わかるか小僧?」
拳を握りしめる鬼。
判るわけがない。
判るわけがないが、じつは不可能なことではないのを命は知っている。
鬼から鬼神へと昇神した例はたくさんあるし、神となる条件は必ずしも善行ではない。
そもそも日本の神は、半分以上が祟り神だ。
負のエナジーをその内に貯め込み、災厄を撒き散らす。
だからこそ人々は畏れ崇めるのだ。
どうか祟らないでください、と。
「神になっちまえば、エルフどもにびびる必要なんかねえだろ」
「それはどうかな?」
クンネチュプアイやサナートの言動を見ていると、神格だからって遠慮してくれないような気がする。
気がするっていうか、利害が対立したら間違いなく容赦なしでやっつけちゃうと思う。
人間にはそれなりに気をつかっているエルフや金星人だけど、むしろ神なんかになったら遠慮する必要がない。倒しても人類に影響が出ないから。
もっとも、それを命は大嶽丸に教えてやる気はないし、教えても意味がないことではあるが。
なぜなら、
「なぜなら、お前はここで調伏されるからだ。神にはなれない」
「んだとごるあっ!」
いきり立つ鬼。
「元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る」
命の呪が流れる。
次の瞬間、彼の身体が変貌した。
胸の、肩の、太腿の、腕の筋肉がむきむきと盛り上がり、顔つきも優しげなものから精悍になってゆく。
「肉体強化かよ!」
「拳で語るのは鬼の得意技だろ。来いよ。貧弱野郎」
左手の指でちょいちょいと挑発する。
「ほざけ!」
かっとした鬼が、
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