第21話 潜入じゃない。突入だ



 大嶽丸のアジトはすぐに判明した。

 というより、これはお互い様というやつで、狸谷山不動だって、鞍馬寺だって、七条家だって、あるいは酒呑童子のマンションだって、ちょっと調べれば難なく判るだろう。


 べつに隠してはいないからだ。

 隠れ家というわけではないのである。


 これには事情があって、今のご時世どんなに隠そうとしても探る手段はいくらでもあるというのがひとつだ。

 もうひとつは、隠す理由がないというものだ。


 人の出入りを制限したり、他人に見られないように気を配ったりしていたら、生活するのだって不便になる。それを甘受してまで何を隠すのかって話になってしまう。


「ロマンもへったくれもないけどな」

「仕方ありません。ロマンで腹はふくれませぬゆえ」

「ていうかエモンさん。一緒にきて良かったのか? てっきりサナート司令と一緒に留守番かと思ったんだけど」


 大嶽丸の住処へと向かう道すがら、運転するエモンに助手席の命が首をかしげる。

 なにしろエモンは狸だから。

 齢千年を超える化けタヌキだって、狸は狸。鬼と戦える戦闘力があるわけもない。


「枯れ木も山の賑わいといいますから。拙でも役に立つことはあるでしょう。むしろミコトどのこそ手勢を呼びませんので?」

「まさかだろ。大嶽丸みたいなネームドと普通の陰陽師が戦えるわけがない。無駄に犠牲が増えるだけだ」


 質問に首を振る。

 大嶽丸でも悪路王でも鈴鹿御前でもいいが、伝説級の鬼とやりあうとなれば、どの家も当主が出張るしかない。

 一般的な陰陽師では、手下の小鬼の相手や足止めくらいが関の山。そして足止めなんかやらせたら間違いなく犠牲が出るだろう。


 それが判っているから、酒呑童子だって四天王の五鬼を伴わなかった。

 なにしろ相手は、大嶽丸と茨木童子。

 伝説級の二人だ。

 有象無象では相手にならない。


 だからメインの戦力は酒呑童子と命ということになるし、敵もザコは出してこないだろうと予想される。

 そういう次元の戦いなのだ。陣営のトップ同士の対立というのは。


 普通は避ける。

 その意味でクンネチュプアイを誘拐した大嶽丸の行為は、非常に間尺に合わないことになるだろう。


「あんたは大丈夫なのかい? 酒呑童子」

「大丈夫だ。というかヤツをボコる口実ができて嬉しいくらいだぜ」


 曖昧な問いかけに酒呑童子が力強く頷く。

 逃げた恋人と寝取った男が相手だから戦いにくくないか? という趣旨の質問だったのだが、むしろやる気満々なようだ。

 さすがは鬼というところか。


「了解。あてにさせてもらうよ」

「ミコトもえらくやる気だな。さてはクンネチュプアイに惚れたか?」


 冗談を飛ばす酒呑童子。

 反応は劇的だった。

 赤くなるのではなく、青くなったから。

 命だけでなくエモンまで。


「な、なんて怖ろしいことをいうんだよ……」

「くわばらくわばら……」


 あのエルフ、見た目は天使みたいに美しいけど中身は悪魔なんだもん。

 しかも、他人をからかって遊ぶことに無上の喜びを見出すタイプの、最も性質の悪いやつだ。

 もし万が一、恋愛関係になったら、四六時中からかわれ続けることになるだろう。


「怖ろしすぎる……」


 ちょっとだけ想像して身震いする命だった。


「なにやってんだよ。おめーらは」


 呆れたように酒呑童子が両手を広げる。

 やがて、豪壮な屋敷が三人の視界に飛び込んできた。

 大嶽丸の根城である。





「ごめんください」


 声とともに、酒呑童子が玄関を蹴破った。

 セリフと行動がまったく合っていないのはご愛敬だ。


 丁寧にチャイムを鳴らすような局面ではないし、こそこそと潜入するのは彼の流儀に反する。

 鬼に横道はないから。


 手入れは行き届いているが閑散とした玄関ホールに三人が足を踏み入れる。

 誰もいないのは無警戒だからではなく、彼らの接近を察知しているためだ。


 酒呑童子も命もエモンも、まったく気配を隠していないから。

 そして、大嶽丸もそれは同じ。


 洋館の奥の方からはっきりと気配を感じる。

 広い廊下の向こう側だ。


「ていうか、この金持ちっぷりが腹立つ。なんで鬼はこんなに金持ちばっかりなんだよ」

「そりゃあ欲望につけ込むのが俺らの商売だからに決まってんべや。清く正しく生きるのが馬鹿馬鹿しいって連中が、こぞって俺らに金を出すんだよ」


「でも、そういう鬼を調伏しても、俺たちがもらえる報酬なんて微々たるものなんだよなぁ。なんか理不尽だよ」

「それが人の世でございますよ。ミコトどの。実際に現場で働く者たちが、最も安くこき使われるのです」


 訳知り顔の狸だ。

 それが資本主義というものだ、と。


 資本を持つ者、つまり金がある者がより儲けられるようにできている。

 ひとつの仕事でも、元請けから下請け、下請けから孫請けと流れるたびに報酬は目減りし、現場作業員が受け取るのは雀の涙ほど、というのもべつに珍しくない。

 右から左へと仕事を流すだけでお金が入るシステムになっているからだ。


「せちがらいなあ。でも、酒呑童子もエモンさんも手招きするのはやめてくれ。いかないからな? そっち側には」


 こっちゃこーい、こっちゃこーい。と、にこにこ笑いながら招く鬼と狸に嫌な顔をする命だった。

 どんなに貧しくとも、やはり人間の陣営に身を置いておきたいのである。


「と、ここだな」


 足を止める。雑談を中止して。


 大きくて豪華な扉の前。

 中からは鳥肌が立つほどの巨大な戦気が伝わってくる。


 ふたたび蹴破ろうとした酒呑童子を押し止め、命が前に出た。

 ここは俺が、と。


 隠しから取り出した筒をかざせば、先端から光の刃が伸びる。

 金星人のスーパーテクノロジーで作られた高周波ブレイドだ。

 彼にとっては切り札というべき武器で、いざというときのために隠しておいた方が得策なのだが、あえて初手で使う。


 後ろには鞍馬天狗がいるんだぞ、というアピールだ。

 実際は彼らは動けないわけだが、わざわざそんなことを教えてやる必要はないのである。


「だいぶアイさまに毒されてきましたな。ミコトどのも」


 なんともいえない表情をするエモンの前で、ぶんぶんと命が光の剣を振るう。

 それだけで、扉が細切れになり床に落ちた。

 がらがら、と、笑っちゃうような音を立てて。

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