第20話 助けるさ。きまってるだろ
「エルフの郷に報せなくていいのか?」
「やめておいた方がよろしいかと」
サナートと命が茶番劇を演じている横で、鬼と狸もようやく落ち着きを見せている。
「エルフ族と金星人は違いますし、エルフ族の中には人間に対して単純ならざる感情を持っている方も珍しくないとか」
族長のクンネチュプアイに危害が加えられたとなれば、京都ごと滅ぼしてしまえ、となる過激派も皆無ではないのだ。
この場合、さらったのは鬼じゃねーかとか主張しても意味がない。
人間の街を攻撃する口実が欲しいだけだから。
また、この星の支配権を人間に移譲したクンネチュプアイに対して、反感を抱いている者だって存在している。
誘拐されたのを奇貨として抹殺に動くかもしれないのだ。
エルフの郷にこの件が知られるのは、ただでさえややこしいこの状況を、よりややこしくしてしまう可能性が高い。
「エルフたちも一枚岩じゃねえってことか」
「それは当たり前のことでございます。エルフだろうが人間だろうが妖だろうが、あるいは鬼だろうか」
「違いねえや」
エモンの言葉に肩をすくめる酒呑童子。
事実として、クンネチュプアイをさらったのは彼と同じ鬼の一族だ。
酒呑童子は京都に住む鬼を束ねてはいるものの、その支配は盤石ではない。彼に対して反感を持つ鬼だって少なくはないのである。
「ただ、大嶽丸の行動が、たんなる反抗心から出たものかどうか、はかりかねる部分がございますな」
茨木童子を寝取ったのはともかくとしても、エルフを誘拐したところで、酒呑童子に精神的なダメージを与えることはできないのだ。
「ちょいちょいえぐってくるなあ。エモンは」
「恐縮でございます」
「ともあれ、この街を包む悪い感情を何とかしようってクンネチュプアイの行動は、ヤツにとっては面白くないだろうさ」
「ふむ……そちらが動機ですかな。やはり」
「どういうことだい? エモンさん」
命が訊ねる。
どうやら酒呑童子とエモンには、大嶽丸の目的が見えているように思えたので。
「ミコトどの。鬼にしても妖にしても、主たるエネルギー源は人の感情です」
「ああ。それは知ってる」
もちろん食事から栄養を摂ることも可能だが、メインとなるのは感情のエネルギーである。
とくに恐怖や憎悪といった負の感情というのはパワーが大きい。
妖たちが人をおどかしたりするのは、そのエネルギーをもらうためだ。
鬼も同じで、死ぬまで追いつめて、その恐怖や絶望を食うことが多いため、人食い鬼なんて呼ばれるのである。もちろん死んじゃったあとは、その肉も美味しくいただくけれど。
「京都には、観光客のマナーの悪化で住民たちに悪い感情が広がっておりました。あるいは訪れる
イライラしたり、憤りを感じたり。
そしてこれが、妖や鬼に吸収されていく。
ごはんが増えたよ、わーい。というわけにはいかない。
人間だって食べ過ぎたら腹をこわすのと同じで、なんにでも適量というものがあるのだ。
「まして京都は霊力が増幅するようになってるしなぁ」
「で、ございます」
陰陽師が肩をすくめ、化けタヌキもまた同様のポーズをとった。
そもそも京都というのは、霊的に安定した土地に作られた都だ。当時の陰陽師たちが日本中を探し回って、ここぞというポイントとして見出した場所なのである。
だからこそ妖たちも住みやすい。
まあ、結果として鬼みたいな「良くないもの」まで集まってしまうのは、良薬に付き物の副作用のようなものだ。
「異議あり異議あり。べつに俺たちは良くないものじゃねーぞー。人間にとっては敵だけどよ」
「へいへい」
しょーもない反論をする酒呑童子をぺいって捨てておいて、命とエモンは話を進める。
京都はあくまでも人間が作った都だ。
当然のように価値観は人間中心になるし、敵性種族たる鬼が悪者扱いになるのだって当たり前。そこは議論するようなポイントではない。
「よしよし。しゅてちん。良い子良い子」
「くぅーんくぅーん」
サナートが傷心の鬼を慰めている。
なにやってんだか。
「ともあれ、京都という特殊な土地によって増幅された負のエナジーを、大嶽丸は積極的に吸収していたと見るべきでしょうな」
「心当たりはある」
こくりと命が頷いた。
彼が使った陰陽術を、あの鬼は力ずくで打ち破ったのだ。
口で言うほど簡単なことではない。
まだ若いが、命は陰陽の大家たる七条家の当主だ。その実力はそんじょそこらの陰陽師とは比べものにならない。
使った術だって、
それを破ったということは、大嶽丸の霊力がかなり上がっているということだ。
「なんのために、という部分が謎ですし、不気味ではございますが」
「ああ、そこを詮索しても無意味だ」
エモンの言葉を引き継ぎ、命は立ちあがる。
高周波ブレイドを隠しに仕舞いながら。
大嶽丸は彼らの計画に反対する立場のようだ。これだけで敵対するには充分な理由だ。
まして仲間であるクンネチュプアイを誘拐した。
「……俺の目の前で」
ぐっと拳を握りしめる。
「ミコちん。リラックスよう」
かるく肩を叩いてくれたオカマが、くねくねしていた。
もう少しシリアスでもいい、と、思いつつも、余計な緊張感が抜けていくのを、命は自覚する。
まったく、奇妙な仲間たちだ。
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