第19話 さらわれたエルフ


 何が起きたのか判らずに目を見張る命。

 その視界に、ちょっとありえない角度でアスファルトに頭から落ちる大嶽丸の姿が映っている。

 映っているだけで、脳は理解を拒否しているが。


 だって、身長でいえば倍くらい、ボリュームでは三倍以上もありそうな巨体を足だけで投げ飛ばしちゃうとか。

 エルフの体術、意味不明すぎて泣けてくる。


「よし」

「よしじゃねえよ。なんだいまの?」


 白目を剥いてる大嶽丸を尻目に立ちあがったクンネチュプアイに、思わず命がクレームをつけちゃった。

 助けてもらったのは判ってるんだけどね。

 魔法でも陰陽術でもなく、謎の体術でやっつけつゃうとか、ほんとね。


「なんだってきかれても、リバースのフランケンシュタイナーよ?」

「……なにそれ?」

「プロレス技」

「しるかーっ!!」


 謎!

 本気で謎! このエルフ!


 鬼をプロレス技で倒すとか、なんでエルフがプロレス技を使うのかとか、路上でプロレスやったらダメでしょうとか、ツッコミどころが多すぎて何からつっこんで良いのか判らないよ。


 ちなみに、クンネチュプアイの説明するところ、本当は正面から仕掛ける技で、リバースというのが後ろからかけることらしい。

 技の危険度としては、こちらの方が上だそうだ。

 ものすごくどうでも良い豆知識である。


「でも、格好良かったでしょ?」

「う……。それは認める」


 見事だった。

 クンネチュプアイみたいな小兵が、巨漢の大嶽丸を投げ飛ばしたのだ。

 山椒は小粒でぴりりと辛い、なんて言葉もあるが、やはり柔よく剛を制するさまは、見ていて気持ちが良い。


 大人しくて従順だといわれる日本人の心にも、そういう反骨精神みたいなものが眠っているからだろう。

 益体もないことを考える命だった。


「ともあれ、結界が解けないうちに退散しないと大騒ぎ……アイっ!」


 鋭く警告する。

 が、遅かった。

 一挙動で起きあがった大嶽丸がクンネチュプアイに組み付き、その巨体で押しつぶしてしまう。


「ぐえー」


 緊張感があるんだかないんだか判らない声を漏らすエルフ。


「動くなよ。魔法もナシだ。首をへし折られたくなかったらな」

「……わかったわよ」

「小僧。てめえもだ」

「…………」


 ゆっくりと頷く。

 人質を取られてしまった格好である。

 こうなるともう何もできない。


 クンネチュプアイにしても、単純な力比べとなったら勝負にならないのだ。

 エルフの首に手をかけたまま起きあがった大嶽丸が、高く跳躍する。


「あーれー おたすけー」

「黙ってろ。なんでそんなに緊張感がないんだよ」


 漫才を繰り広げながら。

 置き去りにされた命が、一瞬の自失のあと、猛然と駈け出す。

 ことの子細を仲間たちに報せるために。




 

「大嶽丸っ!! 茨木を寝取っただけで飽きたらず! クンネチュプアイまで!!」


 マンションの床を踏み抜いてしまいそうな勢いで、酒呑童子が荒れ狂っている。


「落ち着いてくだされ。酒呑童子どの。アイさまは誘拐されたのです。寝取られたわけではありませんぞ」


 まあまあとなだめるエモン。


「うるせえよ! どうせ俺は不甲斐ないよ!!」


 火に油を注いでいるようにしかみえない。


「ていうか、本当に茨木童子って大嶽丸に鞍替えしていたのねぇ」


 どうでも良い部分に感心するサナートであった。

 遊んでいる場合ではないというのに。


 クンネチュプアイが大嶽丸にさらわれた。

 命が一報をもたらしたことにより、緊急作戦会議だ。

 見捨てるという選択肢はない。


 そもそも彼らを結びつけているのがクンネチュプアイであり、いわば生きた接着剤なのである。

 彼女の存在がなければ、この「京都に遊びに来る観光客のマナーを良くしよう結盟」(クンネチュプアイ命名)は、簡単に空中分解してしまう。


「でも、あたしは動けないの。そこは了承してね。ミコちん」

「わかってます。サナート司令」


 金星人の言葉に陰陽師が頷く。

 鞍馬天狗たちの武力は圧倒的すぎる。京都どころか、世界を滅ぼして余りあるだけの戦力なのだ。軽々に振るうことはできない。

 地球人類が成長するのを待つ、という自らが定めたルールを破るわけにはいかないのだから。


 都合が悪くなったら改変したり無視したりするのでは、そもそもルールを作る理由がなくなってしまう。


「だからまあ、かわりといってはなんなんだけど、あたしいまから落とし物・・・・をしちゃうわぁ」


 そういって、ポケットからぽとりと何かを落とす。

 毛の長い絨毯にふわりと受け止められたそれは、なにやら筒状だった。


「あんらぁ。あたしの高周波ブレイドがないわぁ。どこにいっちゃったのかしらぁ。あれは昔、部下が牛若丸ちゃんにあげちゃった今剣いまのつるぎと同じものなのにぃ」


 命が見ている前で、ものすごくわざとらしく困った困ったと言っている。

 もちろん、なにを落としたのか、それはどうやって使うのかを説明しているのだ。


 地球人に技術供与はできない。しかしながら、落としたものが拾われて勝手に使われたとしても、それは関知するところではない、というわけである。

 論理のアクロバットとでもいうべき論法だが、この際はありがたい。


 大嶽丸は、命が使った陰陽術を力業で食い破ったのだ。

 あげくクンネチュプアイの攻撃からもすぐに復活した。


 ありていにいってバケモノである。

 現状ではちょっと勝算が立たない。少なくとも人間の命には。

 ぽんと肩を叩かれ、高周波ブレイドとやらを拾いあげた。


「なんか変なものを拾ってしまった。持ち主が現れるまで俺が預かっておこう」


 と、棒読みで宣いながら、視線だけでサナートに礼を述べる。


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