第23話 決着!


 命や酒呑童子が激闘を演じている間、エモンはぼーっと観戦していたわけではない。

 気配を消し、こそこそとクンネチュプアイたちが囚われている檻に接近している。


 もちろんあられもない姿をじっくり観察するためではなく、二人の女性を救出するためだ。

 嘘ではない。


「なんとも、どこからか無意味な悪意を感じますな」


 謎のセリフを吐きながら檻の錠を、器用にピッキングで開く。

 セリフ以上に謎の技能を持っているタヌキであった。


 魔力で壊してしまっても良いのだが、さすがにそういうことをすると大嶽丸に感づかれてしまう。

 音を立てないように、気配も魔力も感じさせないように。


 するりと檻の中に身体を滑り込ませる。


 でっぷりと太った中年男とは思えない機敏な動きだが、変化しているだけの姿なので、べつに身体能力は損なわれていない。

 抜き足差し足でクンネチュプアイに近づき、懐から取り出した小刀で縄を切り拘束を解いてゆく。

 台から落ちないように片手で支えながら。


 茨木童子よりもクンネチュプアイを優先したのは、個人的に親しいからという理由ではない。

 囚われてはいても、女鬼が味方とは限らないからである。


 ここまできて、まさか罠ということはないだろうが、その可能性も完全に否定することはできないのだ。


「アイさま。アイさま」


 耳元でささやくが反応はない。

 かなりの量のエナジーを奪われたのだろう。もちろん人間よりずっと回復力に優れたエルフだから、安静にしていればじきに意識を取り戻すだろうが。


 さすがにそれを待つ時間はないし、大嶽丸から受けたであろうSM的な暴行の痕も痛々しいので、エモンは奥の手を使うことにした。

 小刀を口にくわえ、ふたたび懐に右手を突っ込む。


「この薬はアイさまにもらったのでしたな。使う機会もないまま持っていたのが役に立つとは、判らないものですなあ」


 取り出したのはドリンク剤のような小瓶である。

 ラベルもなんにもなくて、妖しいことおびただしい。


 親指でキャップを切り、すぼっと瓶をクンネチュプアイの口に突っ込む。

 口移しとか、そういうロマン的ななにかは数億光年の彼方に放り投げて。


 かすかに白い喉が動き、薬を嚥下した。

 みるみるうちに身体中の傷が治り、顔色も良くなってゆく。

 まるで魔法の薬だが、じつは掛け値なしに魔法の薬だったりする。


 いわゆるコンピューターロールプレイングゲームなどではエリクサーと呼ばれる万能回復薬。

 原典は錬金術であるが、ゲーム的なまでの効果のあるエルフたちの秘薬だ。

 他にも、老化を遅らせる薬とか魔力を増幅させる薬とか、いろいろあるらしい。


「……エモン……?」

「アイさま。お気づきになりましたか」


「助けにきてくれたのね」

「ええ。ミコトどのや酒呑童子どのとともに」


「ありがと。お礼におっぱいを三回くらい揉んでも良いわよ」

「安い謝礼ですなあ。命がけで救出にきたにしては」


 馬鹿な会話は、クンネチュプアイの精神を活性化させるためのもの。

 どことなくぼーっとしていたエルフの瞳に、しっかりとした意志の光が戻る。


「戦況は?」

「一進一退です」


 伝えながら、エモンが今度は懐から何枚かの葉っぱを取り出す。


「葉っぱ隊?」

「古すぎますな。いまの若者には通じませぬぞ」


 苦笑しながらふんと妖力をこめれば、木の葉はクンネチュプアイにまといつき、衣服へと変化した。


「ほんと、なんでも出てくるわね。エモンの懐は」

「名前も似ておりますゆえ」


「で、ドレスとかじゃなくて、くっそださい作業服ってことは、私も戦線に加われってことね」

「御意に。拙は茨木童子を救出します。あとクソださいは余計です。全国の作業服製作会社とそれを着て仕事をする人々に謝ってください」


「大変申し訳ありませんでした」


 いつものやりとりをして、軽く右拳をぶつけ合う。

 なんだかんだと付き合いが長い二人だ。

 互いのやるべきことはちゃんと理解している。


「そっち頼んだわよ。相棒」

「しかと任されました。相棒」


 一陣の風のように、エルフが戦域へと躍り込んだ。




 肉体強化を使った命と酒呑童子の二人をもってしても、なお大嶽丸は難敵だった。


 なにしろ防御力が馬鹿高いうえに、回復力が異常すぎる。

 高周波ブレイドをもってしても容易には切り裂けない鋼の肉体だけでも厄介なのに、多少の傷なら瞬時に治ってしまうとか。


「どんな無理ゲーって話だな!」


 幾度目かの連続攻撃ラッシュを難なく防がれ、憎々しげに酒呑童子が距離を取る。

 追撃しようとする大嶽丸の前に、今度は命が立ちふさがり猛然と斬りかかった。

 普通であれば、お前らだけタッグなんてずるいと文句が出そうな戦い方だ。


 複数で戦うというのは、このくらい有利なのである。

 にもかかわらず、大嶽丸は疲労も見せず息も上がっていない。


 貯め込んだエナジーが、まだまだたっぷり残っているのだろう。

 逆に、命と酒呑童子の方が、やや疲労を感じ始めている。


 戦闘開始から数分しか経っていないが、それが実戦というものだ。

 何時間も命の削り合いを続けるなんてこと、できるわけもない。

 一瞬の油断が死に直結する緊張感は、肉体よりも先に精神を摩耗させてゆく。


「さっきの威勢はどうした小僧。顎が出てきてるぞ」

「うるさい。もともとこういう顔なんだ」


 せいぜい強がってみせるが、命も限界を感じ始めている。

 大嶽丸、酒呑童子、そして命。

 この三者の中で最も弱いのが彼だ。


 仕方がない。陰陽師とはいえただの人間なのだから。

 高周波ブレイドを携え、肉体強化の術を使っていて、なお大嶽丸には届かない。


「絶望を感じているな。それも俺が食ってやるぞ」


 鬼がにやりと笑う。


「面倒な相手だな……」


 無念の臍を噛む命。

 無限に近い回復力の相手に絶望すら感じないで戦わなくてはならない。負の感情はすべてこいつのエネルギーになってしまうのだ。


「勝ち目がない戦いはつらいだろ? くるしいだろ?」

「さあ? 自分がその立場になったら判るんじゃない?」


 唐突に割り込む声。

 次の瞬間。


「真なる風!」

「あがぁぁぁっ!?」


 大嶽丸の左腕が肩口からぼとりと落ちる。

 噴水のように鮮血が吹き上がった。


「アイ!」

「はぁい。ヒロインは遅れてやってくるもんなのよ」


 鬼の背後に現れたクンネチュプアイが、命に手を振ってみせる。


「エルフぅぅぅっ!」

「散々なぶり者にしてくれたお礼、たっぷりしてあげるからね。まさかラクに死ねるなんて思ってないでしょうね」


 それから、大嶽丸に笑いかける。

 怒りよりも凄惨な笑みだ。


 少なくとも、まったくヒロインっぽくはない。

 最大限に譲歩しても、悪の女幹部とかそういう感じである。


 エルフの手にあるのはゆらぎ。

 真なる風といっていたから、おそらく風の魔法なのだろうが、正体はわからない。

 見えない何かだ。


 右手で左肩を押さえたまま、大嶽丸は容易に踏み込めない。

 どんな手段で左腕を飛ばされたのか判らないから。

 迷い、逡巡する。


 それは、砂時計からこぼれる砂粒が数えられるほどの時間でしかなかっただろう。

 しかし、命にとっても酒呑童子にとっても充分すぎる時間だった。


 激戦のさなかに動きを止め、どうすればいいのか迷っているような敵を攻撃しないで待っているほど、二人は甘くも温くもない。


 飛燕の動きで距離を詰める。

 はっと大嶽丸が気がつくが、遅かった。


「これで!」

「終わりだ!!」


 高周波ブレイドが胸板を貫き、鬼の爪が腹を裂く。


「あ、が……てめえら……」


 血みどろの右腕を命に伸ばす。

 灼けつくように。


 執念か。

 だがそれも及ばなかった。


「させるわけないでしょ」


 ひらりと宙を舞ったクンネチュプアイの右手が閃き、大嶽丸の首を刎ねる。

 憤怒の表情を宿したまま、神になろうとした鬼の生首が、どさりと床に落ちた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る