第17話 エルフVS市長
「その美女は恋人ですか? 七条くん」
アポイントなしで訪問したにもかかわらず、こころよく面会に応じてくれた市長が悪意のない口調で言った。
和装の男だ。
京都市長というのは、市議会のときには和装というのが代々の習慣らしいが、この人はたいていいつでも和装らしい。
もちろん服装は個人の自由なので、命もクンネチュプアイも文句をつけたりしなかった。
「仕事仲間、というところです。市長」
「や、それは羨ましい。私もこんな美人と仕事をしてみたいものです」
微妙にセクハラっぽい冗談を飛ばしながら、二人を来客用のソファに誘ってくれる。
そうかぁ? と、命は内心で首をかしげた。
たしかに美人には違いないけど、エルフだよ?
ものすげー口が達者で頭が切れて、鬼や天狗を手玉に取っちゃうような女狐だよ?
京都ゆかりの妖怪でいえば、九尾の狐こと玉藻の前が泣きながら裸足で逃げちゃうくらいの女傑だよ?
やめといた方が良いって。
悪いことはいわないから。
なにしろ、ぜっさん手玉に取られてる最中の俺が言うんだから間違いないって。
「なんか失礼なこと考えてるわね? ミコト」
「まさかまさか。そんなそんな」
しかもエスパーだしね。
「ちょっと表でろや。小僧」
「ひぃぃ。おたすけぇ」
繰り広げられる漫才に、市長が声を立てて笑った。
つかみはバッチリである。
なにをしにきたんだって話だ。
現在の京都でおこっていることを説明する。対策までふくめて。
クンネチュプアイがエルフであることにはさすがに驚いた市長だったが、それ以外は黙って聴いていた。
彼もまた知っている側の人間だから。
「最近増えた苦情の正体がわかりましたよ。七条くん。ですが上手い手ですねえ」
「恐縮です」
観光客のマナーは目に見えて良くなっている。
誰しも他人の見ている場所で悪戯はできない。
もちろんそういう場所でも平然と悪さをする人間はいるし、そもそも自分が悪いとは思っていない人間もいる。
それでも「いつでもきみたちを見ているよ。だってヤンデレだもん作戦」がかなりの効果をあげているのは、かなり人間の心理を突いた作戦だからだ。
「次の手は、人間たちにお願いしようと思っているのよ」
「というと?」
「名付けて、「新撰組は悪名高いけど、けっこう京都の治安維持に役立ったんだよ作戦」ね」
『ネーミングセンス!』
市長と命がハモる。
世代を超えた友情というやつだから、クンネチュプアイは気にしなかった。
ともあれ、作戦概要としてはそう複雑ではない。
京都市マナー向上委員会とか、そういう腕章を着けた人間たちが街を歩き、ビラを配ったり市民と交流したりするだけだ。
もちろん新撰組の衣装などを着るわけではない。
ようは、妖たちの見えない視線と、現実的な人間による巡回の、二段構えということである。
「ネーミングセンスはともかくとして、都市伝説レベルのものを一気に実務レベルに引きあげてしまう、ということですな。クンネチュプアイさん」
「そういうことね。理解が早くて助かるわ」
人間にしてはけっこうものが見えてるじゃない、と、瞳で語りながらエルフが頷く。
「その策の実効性を認めるのは吝かではありませんが、問題があります」
「というと?」
「お金がありません」
簡にして要を得た答えだった。
命なんて、思わず目頭を押さえちゃったくらいである。
貧乏のつらさは、嫌ってほど身に染みてるので。
じつは京都市の財政基盤は脆弱だったりする。
学校とか教育施設や神社仏閣のような宗教関連施設が多くて一人あたりの市民税が少ないし、建物とかもものすげー古いものが多いから固定資産税も地味に少ないためだ。
メイン産業の観光で得られる利益は、所得税とかの国税なので市政にはほとんど反映されない。
「ゆーて地方交付税頼みなのは、どこの自治体でも一緒だろうけどね。自力財源でやってる町なんて、この国にいくつあることか」
アメリカンな仕草でクンネチュプアイが肩をすくめる。
日本の市町村のなかで、独立採算でやっていけているものなどほとんどない。
どこも、地方交付税という名の支援でなんとかやっているのが現実だ。
ふるさと納税などで財政健全化を図る自治体もあるが、荒稼ぎしすぎると国に睨まれて、地方交付税を止められたりふるさと納税事業そのものを禁止されたりする。
「なんでだ? 市や町が儲けるのは良いことじゃないか? それをちゃんと市民に還元しているならって前提だけど」
首をかしげる命。
若い陰陽師には、なかなか理解できないことだろう。
「地方都市が、中央政府のコントロールを受け付けないくらいにチカラをつけるってのは、いわば政治家にとっての永遠の悪夢だからねー」
そんなことになるくらいなら、借金でひいひい言っていてくれた方がよほどやりやすい。
言うことを聞かないならもう金を貸さないぞ、とか、いままで貸した金を耳を揃えて返せ、なんていわれたら、歯ぎしりしつつも従うしかないからだ。
「夕張が破綻したのも良い見せしめになったしね。夕張の二の舞を舞いたいのかなんて脅されたら、どこの町もぶるって言うこときくわよ」
「悪辣な……」
「うちもそうでしたな」
苦笑する市長。
京都市もまた、けっこう微妙なラインまで追いつめられたことがあったのだ。
その後なんとか盛り返しているものの、市の借金は二兆円くらいあるって事実はまったく動いてない。
国に資金提供をストップされたら、そのまま詰みなのである。
「ですので、新たに人材を確保する余裕がありません。たとえばボランティアスタッフを募るといっても、かなり厳しいものがあるかと」
厳しげな表情で首を横に振る。
有効性が判っている策が、お金の問題で取れないのだから、そりゅあ苦悩だってするというものだ。
「なんの打開案も持たないでやってきたと思われるのは、さすがに心外ね。それなりに考えてきてるわよ」
にやりとエルフが笑う。
絶対に悪いこと考えてる顔だな、と、命は思ったが口には出さなかった。
べしべし叩かれたら痛いからね。
「知事に持ちかけようと思ってたのよ。ほんとはね。でもミコトの話を聴いたら、対アヤカシの部署があるっていうじゃない。国には」
そう前置いてクンネチュプアイが話を始める。
知事というのはかなり強い権限を持っている。一地方に限定されるとはいえ、大統領と比肩しうるほどの。
だから、京都の問題を解決に導くには知事の協力を得た方が話が早い。
順序として、まずは市長に話を通そうとしただけなのだが、命と話していて気が変わった。
RCBとやらが人間の都合で動き回った場合、かえって事態がややこしくなってしまうからだ。
たとえば酒呑童子クラスの鬼が命と話をするのは、陰陽師のチカラに対してそれなりに敬意を払っているから。
もちろんこの場合のチカラとは、財力でも政治的影響力でもない。
命と戦ったら、勝てたとしても無傷ってわけにはいかないな、という認識が酒呑童子をして会談のテーブルにつかせた理由なのである。
で、RCBが、そういう鬼が認めるチカラを持っているのかという話だ。
クンネチュプアイの見るところ、その可能性は低い。
戦闘部隊ではなく折衝機関であるなら、なおのことだ。
「でも市役所にそんな機関はないわよね。まずはそれがポイントよ」
「というと?」
「市長さん。あなた、鬼や天狗と独自チャンネルを持つ気ない?」
「なんと……」
クンネチュプアイは言っているのである。
妖たちと協力関係を結ばないか、と。
国や京都府を中に入れず、直接、妖と接点を持つ。
それは、市長自身の躍進を意味する。
京都の妖を束ねる酒呑童子、超科学を持った異星人の鞍馬天狗、調停役や相談役とでもいうべき狸谷山不動。
彼らのチカラを背景にすれば、市長の発言力は国会議員などという次元ではなく閣僚級、否、総理大臣ですら下にも置かない扱いになるだろう。
「絵に描いた餅だ……」
出てもいない汗をハンカチで拭う。
それから、ゆっくりとクンネチュプアイと視線を合わせた。
「しかしその餅の、なんと美味そうなことか」
「食べてみたいでしょ?」
右手を差し出すエルフ。
「ぜひに」
それを、市長ががっちりと握りかえした。
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