第16話 考えるな、感じろ



 公的機関を訪れるのは、さすがに人間の方が良い。

 鬼やタヌキや天狗がひょいひょいと役所に入ったら、さすがに大パニックだ。もちろん変化の術を使っているので、そうそう簡単にはばれないけれども。


 したがって、命が動くのは理の当然だし、頭脳であるクンネチュプアイが一緒なのも当たり前のことだ。

 なのに、


「視線が痛い。ざっすざっす刺さってくる」


 とは、命の嘆きである。


「それは仕方ないわ。私が美人すぎるから。美人すぎるから」

「なんで二回いったし」


 京都の街をそぞろ歩きながら会話を楽しむふたり。

 クンネチュプアイのお守り役は、すっかりエモンから命にバトンタッチしてしまった。


「ほらほら。女神のような美貌ー」

「中身は悪魔と大差ないのにな」

「そこは小悪魔っていわないと」

「齢五千年を超える小悪魔とか……」

「じゃあ美魔女?」

「アイは、全国の美魔女たちに心から謝罪すべきだと思う」


 美魔女というのは、まるで魔法でも使っているかのように歳を取らない美しい女性のことだ。

 もちろん本当に歳月が降っていないわけではなく、不断の努力によって、そりゃもうものすげー努力によって美しさを維持しているのである。


 お肌の手入れすらろくにしていないのに、種族的特性によって何千年も美貌を保っているエルフが美魔女を僭称するなど、おこがましいにもほどがあるというものだろう。


「たいへん申し訳ありませんでした」


 剣幕におされ、あさっての方向に深々と頭を下げるクンネチュプアイだった。


 さて、人外のものがこの世に存在しているということを、ほとんどの人が知らない。

 ほとんど、である。


 国の上層部は知っているし、その力を利用させてもらうことで、個人的な富貴や権勢を約束されていたりもする。

 ぶっちゃけた話、日本を支配している階層の国会議員たちがほとんど世襲しているのは、そういうことである。政治家が苦労ばかり多くて報われない仕事だとしたら、だれも我が子に継がせたりしない。


 高級官僚も同様だ。

 妖が存在すること、彼らが巨大なチカラを持っていることを知っており、それを隠している。

 なぜ隠すのかといえば理由は簡単で、秘密というのは隠しているからこそ価値があるから。


 誰も彼もが妖を知っていて、そのチカラを利用できるとしたら、現在の支配基盤が崩れてしまう。

 せっかく彼らが作った、合法的に彼らが甘い汁を吸えるシステムが、力ずくで壊されてしまうのだ。


 大衆は愚かな方が統治しやすい、というのは、ローマ帝国の昔からまったく変わっていない支配の基本である。


「ちなみに京都はちょっと特殊でな。知事の他に市長にも情報は与えられているし、知事の下に妖と交渉する専門職も設けられてる」

「さすが千年の都ね」


 伊達や酔狂で長いこと妖怪どもと関わってきたわけではない、というところだろう。


「その交渉チームのおかげで、俺たち陰陽師への予算がどんどん削られてるんだけどな」


 仏頂面の命である。

 もともと、妖と戦うのは陰陽師の仕事だった。


 普通の人間には不可能なことだから、陰陽師たちは重宝されたし高給優遇もされた。大昔なんて陰陽寮っていう専門機関もあったくらいである。

 それが時代の流れとともに変化していった。


 必要とされなくなった、というのとは違う。

 額は少なくなったが予算はおりているし、冷遇されているものの国の仕事を請け負っている。


「けど、戦って調伏するってのが、あんまりお気に召さないらしくてな」


 肩をすくめてみせる。

 戦後、なんて言葉が使われなくなった昭和の四十年代。魔を倒し打ち払うのではなく、対話によって相互の利益を模索しようと考えるものが現れ、内閣府の片隅にちいさなちいさな部局が産声をあげた。


 当時は名前すらなかった部署だが、幾度かの組織改編を経て、現在は遺物対応局RCBと名乗っている。


 なんだか警察予備隊からスタートした自衛隊の変遷みたいだが、もちろんRCBは日本政府の組織図には載っていない。

 構成人員の数だって不明だ。


 おいおい国民の血税をなんに使ってるんだよって話だが、こればかりは言っても仕方のないことである。

 そもそも国家を運営する者たちは、べつに赤の他人の幸福のために毎日毎日苦労して政策を練っているわけではない。自分を含めた・・・・・・国民のために仕事をしているのだ。


 比重が、権力の維持とかに傾いてしまうのは、むしろ人間なら当然のことで、結果として国民の生活が安定し豊かになるなら、いちいち文句をつける話ではないだろう。

 厳正に、正義の名の下に国民が飢えてしまうよりは、ずっとずっとマシである。


 ともあれ、RCBの業務は妖や人外と交渉して、彼らのもつチカラを日本のために借りること。

 追い払ったり倒したりするような野蛮なものではない。


「実際、奴らの実績はすごくてさ。おまえらなんて、ただ殺したり壊したりするだけじゃねえかって嫌味を、よく政財界のお歴々に言われてるさ」

「なんとまあ」


 時代遅れの陰陽師が苦笑混じりに説明する。

 クンネチュプアイとしては珍しく、なんとも芸のない返答をしてしまった。

 人間のもつタフネスさというかバイタリティというか、そういうものを侮ったことはないが、これは極めつけのように思う。


 古来、人間を騙したり利用したりするのは妖怪の仕事だった。

 アイデンティティであるといっても良いほどに。

 それが、逆に妖と積極的にコンタクトを取り、そのチカラを活用しようというのだから、厚顔というかなんというか。


「この国の人たちは、歴史に学ぶことをやめちゃったのかしら」

「第二次大戦で、それまでの霊的な遺産が軒並み消失してしまったからな。どうして俺たちが交渉もへったくれもなく調伏してきたのかって理由も、忘れ去られてしまったのさ」

「コントロール可能だと思ってるってことね」

「だな」


 両手を広げる命。

 妖のチカラの根源というのは、ようするに自然そのものなのだ。

 人間ごときにコントロールできるような、生やさしいものではない。


 小賢しく利用しようして失敗したら、反動は大変な被害を巻き起こす。だから陰陽師たちは、余計な欲を出さずに退治してきた。

 関わらせないようにしてきた。


 しかし、命の父や、その父が欲を掻くなと説得しても効果はなかったのである。

 実績なきものは引っ込んでいろ、というわけだ。

 そこにチカラがあるのに活用せず、ただ追い払うだけ。なんのために予算をつけてやっているのか、と。


 命の言葉に悔しさが滲むのは、彼自身が言われたりもしたのだろう。

 まして二十歳にもならぬ当主である。

 どんだけ舐められてきたことか。

 白い手を伸ばし、ぽむぽむと命の頭をクンネチュプアイが撫でてやる。


「つらかったね。ミコト」

「アイ……」

「人間の度し難さは、いまに始まったことじゃないけど、これはひどいわね。福島からなにを学んだのかしら」


 呆れたようなクンネチュプアイの口調である。


 原子力を完全にコントロールできると思いこんだ日本人たちは各地に原子力発電所を建てた。


 しかしそれは幻想だった。

 東日本大震災のとき、未曾有の揺れと大津波によって福島原発は崩壊し、放射能漏れをおこすことになったのである。


 すると今度は、原子力に頼ったのは間違いだったと騒ぎだし、国内すべての原子力発電をストップした。

 巨額の国費を投じて建設した発電所なのに。


 ちなみに東日本大震災以降、原発が倒壊するほどの災害は起きていない。

 国民に節電を呼びかけたり火力発電に切り替えたり自然エネルギー発電にしようとメガソーラーをあちこちに造ったり。

 で、豪雨や台風などで、せっかく造ったメガソーラーが吹き飛んだりしているというおまけつきで。


 結局、原子力発電所を建てたのも無駄なら、止めたのも無駄になってしまったわけだ。


 他人事なら、なかなか笑える故事だろう。


「いや、でもアイ、それは結果論じゃないか?」

「そうよ? 人間ごときの未来予測能力じゃ、ぜーんぶ結果論になっちゃうのよ」


 そもそも自然災害の予測もできず、防ぐこともできない程度の科学力しかないのに、なにかあったら手に負えなくなるようなことをするなって話だ。


「原子力発電しかり、妖怪のチカラしかりよ」

「……その言い方だと、エルフにはできるみたいだな」

「できるわよ。五百年単位の災害予測なんて、宇宙文明なら基礎も基礎だし。私たちだけじゃなくてサナートたちだって余裕でしょ」


 鞍馬天狗のことである。

 そういやあ彼らは宇宙文明だったな、と、思い出す命だった。


「その方法を人類に……」

「教えないわよ? エルフはもう人類の歴史には関わらないし、金星は地球が自力で自分たちのステージに上がってくるのを待つってスタンスだし」


「何人も犠牲になったのに?」

「何万人でも何十万人でも一緒。私たちが救いの手を差しのべちゃいけないの」


「……きびしいな」

「ていうかね、ミコト。危機的な状況が起きるたびに勇者なり神様なり光の国からやってきた戦士なりが現れて助けてくれるとしたら、それは誰の歴史? 人類って超越者に助けられるだけが存在価値のモブなの?」


 強い瞳で言うエルフ。


「私たちは、そんな程度の連中にこの星の未来を託したわけじゃないわ」


 と、付け加えて。


「アイ……」

「なーんて。四千年前、私たちの支配を振り払って追い落としたんだから、何があっても助けてなんかやるもんかって思いもあるわよ」

「台無し! 今のでなにもかも台無し!!」


 あんまりなセリフに叫んじゃった命に、腕をからめたクンネチュプアイが笑う。

 てへ、と。


 どちらが本音なのか、もちろん彼には判らない。


「あ、でもさ、それならなんで今は京都の妖たちに力を貸してるんだ?」

「これは誤差みたいなものよ。京都が栄えようが廃れようが、この星の生命活動からしたら一瞬のこと。私が手を貸しても貸さなくても変わらないわ」

「うーむ。良く判らないな」


 エルフの価値基準が謎だ。

 まあ、そもそも人間ではなく、長い長いときを生きる長命種の考え方など、推し量れるわけがないのだが。


「親交のあるものたちの個人的な願いくらいは受け入れる、って解釈でいいのよ。そのへんは」

「そんなもんなのか?」

「そうそう。考えたら負けよ」

「もう負けで良い気がしてきたよ」


 美女をしがみつかせたまま、器用に肩をすくめる陰陽師だった。

 見上げれば、一九二七年に竣工した特徴的な京都市役所庁舎がそびえている。

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