第13話 拙は、キャッシュですぞ
みんなでカラオケに行ったからって、べつに名案が浮かぶわけではない。
あたりまえだ。
親和力こそは高まったものの、ただそれだけである。
「それだけじゃねーよ。なんでいるのが当然の顔して朝飯くってんだよ。クンネチュプアイも。エモンさんも」
もっのすごい疲れた顔の命だった。
だってさ、朝起きて屋敷の台所に行ったら、エルフと化け狸がご飯食べてるんだよ? 普通は驚くよね?
「お邪魔してまーす」
「御馳走になってまーす」
悪びれもしない人外ども。
どうしよう。どうしてくれよう。
「まあまあご当主」
ぷるぷる震える命の肩に、小太郎がぽんと手を置く。
屋敷に招き入れた犯人だ。
「……ちゃんと説明しろよ」
「クンネチュプアイさまが、しばらくここに住むということでしたので」
「なんで!?」
びっくりだよ!
押しかけエルフだよ!
「やー、毎日毎日、狸谷山不動からまちなかに出てくるのも大変じゃん。ここなら、市街地だし便利かなーって」
「自由か! フリーダムか!!」
地団駄ダンスを踊る七条家当主だった。
だいたい、客人を何泊もさせるような余裕はないのである。
「ご当主、これを」
すっと小太郎が封筒を差し出した。
分厚いやつを。
「滞在費ということで、さきほど預かりました」
ちらっと中を確認すれば、普段の生活ではあんまりお目にかかれないレベルの札束が入っている。
「ミコトどの。人外がもたらすものには色々ありましてな。幸運だったり災厄だったり、本当にさまざまです」
箸を置いたエモンがにやりと笑い、一度言葉を切る。
「拙は、
「いつまでも滞在してください!」
籠絡されてしまった。
仕方がない。
貧乏だから。
「ちょっとアイデアがあるのよね。実効性を確かめたいからミコトに協力してもらおうとおもって」
「アイデア? マナー向上の?」
「そそそ」
ずず、と、みそ汁を飲み干し、クンネチュプアイが立ちあがる。
「デートしましょ」
花が咲くように笑った。
びくりと固まる命である。
それから助けを求めるようにエモンや小太郎を見る。思いっきり目をそらされた。
命は知った。
エルフの美女とデートする権利、その栄誉をみんなが固辞したため押しつけられたのだと。
「……つまり俺は売られたんだな……この二百万円で……」
気分は市場に売られてゆく仔牛である。
歌っちゃうぞ?
「良かったじゃない。値段が付いて」
「もうちょっと言葉を選ばないか? クンネチュプアイ」
こめかみのあたりをおさえる陰陽師だった。
「もうちょっと離れないか?」
「なにいってんのよ。嬉しいくせに」
一時間ほどして、京都の街を命とクンネチュプアイが散策している。
けっこう絵になる二人だ。
エルフの美しさは言うに及ばず、陰陽師もすらりと背が高く爽やかな印象で、なかなかの美丈夫っぷりなのである。
「たいしてない胸を押しつけられてもなぁ」
「失礼ね。ちゃんとBはあるわよ。日本人の女性としては、最も多いサイズなんだからね」
笑いながら憤慨してみせるクンネチュプアイ。
セクハラ発言で距離を取らせようとした命の高度な作戦は、一瞬で破られてしまった。
こればかりは仕方がない。
五千年以上の時を生きているエルフ女に、十九歳では対抗のしようがないのである。
「そもそも日本人じゃねーじゃん」
「戸籍上は日本人よ。ちゃんと税金だって納めてるわ」
「マジで?」
「役所なんて、書類さえきっちりしていればべつに疑わないからね。何十年かに一回、
「なるほどなあ」
エルフの郷に暮らすものたちは、そうやって生きているらしい。
なかなかに難儀な生き様である。
「たしか、いま私は十八歳くらいね」
戸籍上の話だ。
何十年かしたら、この人物は死んだことになり、あらかじめ用意した娘とか孫とかの名前を名乗ることになる。
「ああ。それでエモンさんとかがアイって呼んでいたのか」
「ミコトも呼んでいいわよ。クンネチュプアイだと長いでしょ」
「そうさせてもらおうかな。ファーストネームで呼び合うのは照れくさいけど」
「は。ウブなネンネじゃあるまいし」
「なんでそんな蓮っ葉なんだよ。アイって、ちょいちょいキャラがブレブレになるよな」
馬鹿なことをいって笑い合う。
立派なバカップルである。
「で、アイデアってのはなんなんだ?」
「口で説明するより、実際にやってみた方がはやいわ。もう少ししたら舞妓さんに化けたエモンが現れるはずだから」
「舞妓? ああ。それで祇園に近いうちに泊まるって話になったのか」
「そゆこと」
外国人観光客の引き起こす問題は数々あるが、祇園でおおいのは舞妓などに対する迷惑行為だ。
無断での撮影くらいはまだ可愛らしいもので、触ったり追いかけ回したりと、ぶっちゃけ犯罪の域に届いちゃってるものまである。
まあ、犯罪なら警察が取り締まれるが、ぎりぎりのゾーンだと警察は手を出しにくい。
「きたわね」
「さすがエモンさん。完璧に変身してるなあ」
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