第12話 人外カラオケ!



 ちなみに、クンネチュプアイが歌ったのはアニソンばっかりだった。

 そして酒呑童子も鞍馬天狗も、けっこう流行の歌を知っていた。


 台無しである。

 鬼や天狗のイメージが、音を立てて崩壊しちゃった。


「ミコトどのもなかなか達者でしたぞ」

「そりゃ俺は十代の若者だからな。エモンさんの演歌は見た目通りで笑っちゃったけどさ」


「この見た目にあわせて、というわけではなく、単純に好きなんですがね。やはり演歌は日本の心ですなあ」

「千年以上生きてるのに、なんで六十年くらいの歴史のものに日本を感じているのか」


 くすくすと笑う命。

 一般に演歌といわれるものは、一九六〇年代に生まれたとされている。それまでは歌謡曲ということで一括りだった。

 この字があてられたのも、七〇年代に入ってかららしい。


 エモンが生きてきた時間に比較したら、ずっとずっと歴史は浅いのだ。

 ともあれ、三時間ほどカラオケで盛り上がり、すっかり仲良くなった面々である。


「大丈夫ですよ。ミコトどの。アニソン好きのエルフに比べたら、はるかに常識的ですから」

「たしかに!」

「おうお前ら。ちょっと表に出ろや」


 わざわざマイクでケンカを売るクンネチュプアイだった。

 だいたい彼女が一番歌っている。


「しっかし、なんだかなごんじまったな」

「アイちんだものぉ。気付いたら親和力が高まってるのぅ」


 ビールなどを楽しみながら、酒呑童子とサナートが笑い合う。


「あんた。クンネチュプアイとは長いのかい?」

「あたしが地球にきた当時からだから、かれこれ四千年くらいになるかしらねぇ」

「昔からあんな感じなのか?」

「ううん? 最初は戦いを挑まれたのよぉ。侵略者だと思われてねえ」


 サナートの瞳に懐旧がたゆたう。

 金星からやってきた移動要塞とエルフたちのスーパーテクノロジーで建造された艦隊との戦いだ。

 余波で洪水とか起きたり、それはそれは大騒ぎだったのだ。


「そのとき人間たちを避難させるのに使った船が箱舟伝説のベースになったりねぇ」

「おいおい」

「そこ! ひとの黒歴史をバラさない!」


 ふたたびマイクで文句を言うクンネチュプアイである。

 けっこううるさい。


 ともかく、地上に与える損害も無視できなくなったので、エルフの代表と金星人の代表が、一度は交渉のテーブルに着いた。

 それがクンネチュプアイとサナート・クマラである。


「で、アイちんたちは武装を解除することを約束して、あたしたちも地球人類への攻撃はしないで、待つことを約束したのよお」

「待つ?」

「ええ。人間たちが宇宙文明にまで成長して、あたしたちと対等の条約を結んだり、交易相手になれるまで」

「なるほどなぁ」


 そしてエルフも金星人も、表舞台からは退場したというわけだ。

 後者は、いずれまた登場するだろうけれども。


「なんでそうぺらぺら喋るのよ。サナートは」

「いい男には隠し事はできないのよぉ」


 ぶーぶー良いながら、クンネチュプアイが酒呑童子の隣に腰掛けた。くーっとグラスのビールを一息に空ける。


 かわって席を立ったサナートがエルフからマイクを受け取って中央へと進んだ。


 歌は二〇一八年末の歌合戦番組でも流れたもので、動画投稿サイトで歌っていたという経歴の歌手の持ち歌である。

 なんでもメジャーデビュー前から大ファンだったらしい。

 妖しい笑いとともに、酒呑童子はその魅力を存分に語られていた。


「楽しんでる? 酒呑童子」

「状況が謎すぎて笑うしかないってのを楽しんでるっつーなら、間違いなく楽しんでるよ」


 鬼、エルフ、化け狸、陰陽師、そして金星人。こんなメンツでカラオケとか、本気で謎である。

 マンガかって勢いだ。


「善哉善哉。飲みニュケーションは人間関係の基本だからね」

「イマドキは、それパワハラになるらしいぜ。クンネチュプアイ」


「飲んで飲まれて、自分の酒量も判っていくのにね。先輩や後輩のと付き合い方とかも」

「そういうのは流行らねえんだよ。今はな」


 肩をすくめる酒呑童子。

 仕事で飲む酒は、たしかに旨くはないだろう。

 そんなことより帰って寝たい、というのも十分に理解できる。


 だが、たとえば部下ができたとき、そしてその部下がなにか思い屈していると察したとき、人付き合いのやり方を学んでいないと大変に困ったことになったりするのだ。


「下っ端のうちはいいんだけどねー」

「ちげぇねぇや」


 笑い合う。

 エルフの族長と鬼の頭領である。上に立つ者の苦労は、けっこう知っていたりするのだ。


 まーぶっちゃけると、一番下っ端のころは、とりあえず文句ばっかりいってられたからラクだった。

 結局、地位が上がるにつれて責任は重くなるし、背負うものは増えるし。


「かといって、苦労に見合っただけの取り分があるかっていえば」

「んなこたーねえんだよなー」

「そうそう。上は利益を独占してるなんて、下の人たちは思ってるけどさ」

「利益が出るように考えねえと、全員で飢えるだけだってのな」


 グラスをぶつけ合ってる。

 完全に意気投合って感じだ。

 苦労しているのである。それぞれ一族の長として。


「で、なんで茨木童子と別れたの?」


 充分に気分がほぐれたところで、満を持しての質問だ。

 観光客のマナー問題をどうするかっていう本題からは、一億光年くらい離れている。


「わわわわわ別れてねぇし! 俺より大嶽丸おおたけまるの方が良いなんて言われてねぇし!!」


 ぶんぶんと腕を振る酒呑童子。

 クンネチュプアイがグラスにビールを注ぐ。


「まあ飲みなさいって」

「おう……」


 ぐびぐびと飲み干せば、また注いでやる。


「気にしちゃダメよ。酒呑童子」


 などと肩を叩きながら。

 自分から訊いておいてこの態度である。


「うおおおおん。クンネチュプアイぃぃぃ」


 ひしっと抱きついた鬼の頭を、よしよしと撫でたりして。


「……なあエモンさん。あれは何をしてるんだ?」

「……見てはいけませんぞ。ミコトどの。仲間だと思われます」


 ぼそぼそと会話を交わす。陰陽師と狸であった。


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