第11話 第1回作戦会議
そもそも、話し合うといっても一発逆転の名案なんかない。
この手の問題には。
こういう手を打ったから観光客のマナーが劇的に向上する、なんてことはないのである。
ひたすら地道な啓蒙活動しかない。
「張り紙をするとか?」
「そいつは気休めにもほど遠いと思うぜ。ミコト」
陰陽師の案に、寿司をつまみながら鬼が苦笑する。
注意を喚起する広告は、もうほとんどの都市で打っているし、京都だって例外ではない。
しかし効果のほどは、やらないよりはマシという程度のものだ。
結局は客のマナーとモラルの問題だからである。
「一番簡単なのは、洗脳しちゃうことよぉ」
サナート案だ。
京都の各所にマインドコントロール装置を設け、電波的に人間を操ってしまえば、マナー違反などおきようはずもない。
ロボットのように従順に、秩序ある行動を取るだろう。
「過激すぎる。人間はモノじゃないんだぞ」
やや憤慨する命だ。
人間の彼としては、さすがにそんな強硬手段には肯んじられない。
「それに、そうな状態で京都を回ったとして、良い思い出なんて作れるのかねえ」
「もちろん京都を出たら記憶は消去よぉ。証拠なんて残すわけにいかないものぉ」
「だったらダメだぜ。鞍馬天狗さんよお。京都の観光が死んじまう」
酒呑童子も反対票を投じた。
鬼なのに、人間の街の観光事業を心配するというのは奇妙なものだが。
ただ、彼の言い分は正しい。
旅行の目的とは思い出作りである。もちろんそれには美味しい料理や心地の良い宿や美しい景色など、すべて含まれる。
記憶が残らなかったら、そもそも旅行する意味がないのだ。
「良い思い出を作りたくてマナー違反をするってのはぁ、大いなる矛盾よねぇ」
両手を広げてみせるサナートだった。
トラブルが起これば、良い思い出など残らない。
悪印象で上書きされてしまうから。
「そりゃあ、自分はトラブルになんか巻き込まれるわけないって思ってるもの。この程度なら大丈夫って積み重ねが、総体的にすごいことになってくのよ」
苦笑するクンネチュプアイ。
観光客たちは、べつに京都を憎んでいるわけではない。
こんな町こわしてやる、なんて考えているものは一人もいないだろう。
にもかかわらず、ゴミをポイ捨てする、割り込みをする、飲食店で食べもしないものを注文して写真だけ撮って食い残す。
悪意ではない。
自分一人くらいそういうことをしても、たいした問題じゃないと思っているだけ。
お金を払っているのだから、好きにして良いと思っているだけ。
実際、一人二人のマナーが悪かったくらいで問題になったりしないし、ほとんどの観光客はマナーを守っている。
しかし、一部だとしてもものすごい数になってしまうのだ。
たとえば平成二十九年に京都府を訪れた観光客は、のべ八千六百八十七万人。北海道の総人口が五百七十万くらいだから、ちょっと信じられないような数である。
このうち外国人はざっと三百六十一万人だ。
まあ、八千六百万人でも三百六十万でもいいが、そのなかのたった一パーセントがマナー違反をしたらどうなるかって話である。
「で、その一パーセントを処分したとしても、べつの誰かが一パーセントになるだけなのよ」
「ありがたくて涙が出そうな話だな」
「鬼は泣かないでしょ」
クンネチュプアイが語る面白くもない結論に酒呑童子が皮肉を飛ばし、それをまたエルフが混ぜ返す。
「正直、ほっときゃいいってのも考えの一つだよな」
半ば挙手するように命が言う。
えらく事態を投げた発言だが、あながち的はずれな意見というわけでもなかったりする。
かつて日本人観光客で溢れかえっていたパリやロンドンは、いまだに日本人で溢れているか。
もちろんそんなことはない。
バブル崩壊以後、この国の経済は低迷し、猫も杓子も海外旅行っていうブームは過去のものとなった。
中国バブルだって同じだ。
いつかは終わる。
京都だって、いつまでも観光客で溢れるわけではない。
いずれ飽きられ、忘れられてゆくだろう。
「でもそれって、観光都市としては死ぬってことよねぇ」
「ああ。だけど静寂と平穏は訪れるさ」
あいかわらずくねくねしているサナートに、命が苦笑した。
二律背反である。
訪れる人がいなくなり、ゆっくりと衰退へと進む静かな町。
いつだって人が溢れて、賑やかで活気のある町。
どちらを選ぶか。
「良いバランスというのは、かくも難しいものでございますな」
やれやれとエモンが肩をすくめた。
客なんてこなくなればいい、なんて思ってる京都の人はひとりもいないだろう。少なくとも観光事業に携わっている人では。
外から人がきて金を落とすから街だって潤うのだ。
ただ街の人々で金を回すだけでは、どうやったって発展などしようがない。
「つまりさ。酒呑童子としてもミコトととしても、京都がなくなれば良いって思ってるわけじゃないことでOKよね」
「当然だろ」
「ああ」
二人が頷くのを見て、満足げに頷くクンネチュプアイであった。
統一見解である。
このすりあわせがしたかった。
「うんうん。これでやっと技術的な話に移れるわ」
エルフの言葉に、陰陽師と酒好き鬼が顔を見合わせる。
なにいってんだこいつ、という自分の表情を互いの瞳のなかに見出しながら。
「もしね、どっちかが京都を滅ぼそうって思ってるなら、話し合いの余地はなくなるわけよ。守る方と攻める方に分かれて戦うしかないからね」
でも着地点が同じなら、問題になるのは方法の違いだけだから、と、付け加える。
「方法が違うから人々は争うのではありませんか? アイさま」
「そうよ? アムロとシャアだって地球って星を守りたいって思いは同じだったけど、方法が違ったから戦わないといけなかったのよ。人類の自浄作用に期待していたかいなかったかって部分ね」
「お前は何をいってるんだ」
「え? だから逆襲の……」
「解説しなくて良いです」
すぱっとエモンに切り捨てられ、やや寂しそうなクンネチュプアイであった。
ともあれ、目的が同じでも方法が違えば争いは起こってしまう。
「だから、ちゃんと方法論を煮詰めましょうって話よ」
にやりと笑うエルフ。
どうして反人間の急先鋒である酒呑童子と、退魔の代表格たる命をこんな段階で会わせたのか。
それは互いの目的が判らないまま交戦状態に入るのを避けるため。
背後にいる金星人の存在をちらつかせたのもその一環だ。
狙ってやっているのかいないのか。
たいした女狐である、と、エモンは嘆息する。
榎本武揚の軍師役を務め、彼の偉才を殺させることなく後の世に役立てたのは伊達ではない。
「というわけで、さらに親睦を深めるために、カラオケでもいきましょ」
クンネチュプアイがぱんぱんと手を拍った。
「……やりたいようにやってるだけなのでは……?」
千年を生きた古狸にとっても、北の妖精族は計り知れなかったりする。
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