第10話 お寿司だよ全員集合


 酒呑童子との第一回会談でもそうだったが、とくに明確な結論は出さずに七条との会談も終了した。


 まあ、二回三回の話し合いでなにがしかの結論が出るほど簡単な問題ではないし、そんなに簡単だったらクンネチュプアイが呼ばれることもないだろう。


「そこは良いんですが。それはなんです? いったい?」


 うろんげな目でエモンが訊ねる。

 クンネチュプアイの右後方を見つめながら。


「七条家の当主のミコトくんよ」


 しれっと紹介された。


「ええ。ええ。知っておりますとも。名刺をもらったことがありますからな。ただですな、拙が問うているのは、なんでその御仁がここにいるのか、という趣旨のことなのですよ。アイさま。You see?」


 ずずい、と、顔を近づける狸。

 もう、お互いの息がかかるほどに。

 美女と中年のキスシーン、には、残念ながらまったくみえなかった。


「お、おう。あいあんだすたん」


 珍しく気圧されたクンネチュプアイが、かっくんかっくんと頷いた。

 だって怖いんだもん。

 しかし彼女はへこたれない。


「や。それがあんた。エモンが金持ちなことは許せないから狸谷山不動を燃やそうって話にはなったんだけどさ。さすがにそういう用件ではないのよ」

「あたりまえです……」


 がっくりと膝をつくエモンだった。

 だめだこのエルフ。はやくなんとかしないと、とか思いながら。


「半分くらいは」

「半分なんだ……」

「ともあれ、酒呑童子との交渉に同席したいってことだったんで、つれてきたのよ」


「よろしくお願いする。エモンどの」


 律儀に頭をさげる命だった。

 妖だからと下に見ないのは、わりと得難い資質である。人間にしては。


 まあ、クンネチュプアイとしばらく一緒にいれば、人間至上主義者だってこうなってしまう。格の違いを見せつけられて。


「あまりアイさまの影響を受けてしまうのは、オススメできませんぞ。ミコトどの。ダメ人間になってしまいますゆえ」

「ああ。判っている」

「おい。ちょっとどういう意味か説明してもらおうか」


 意気投合する狸と人間。

 そして憤慨するエルフ。

 なんだこの絵図ってシーンである。


「ですがアイさま。酒呑童子との話は、まだ全然煮詰まっていないのでは?」


 運転席に座りながらエモンが訊ねる。


 助手席にはクンネチュプアイ。命は後部座席だ。

 席次としては上座になるが、この場合はどちらかというとけっこう寂しいポジションである。


「まあね」


 軽くクンネチュプアイが肩をすくめる。

 現時点で陰陽師と鬼が顔を合わせるのは時期尚早である、と、彼女も思わなくもない。


 思わなくもないが、今後何度も何度も西京区と東山区を往復するというのも面倒な話なのだ。

 鞍馬寺にだって報告に行かないといけないし。


「でたな。面倒だから病」

「なんかいった? エモン」

「いいえ。べつに。邪推では?」

「よおし。ミコト。今夜は狸鍋よ」

「俺を巻き込むな」


 くだらない会話を楽しみながら、高級乗用車は快調に走る。

 車内の親和力もどんどん高まっているようだ。

 狙ってやっているとするなら、このエルフは大変な人たらしである、と、命は思った。


 まさか妖の運転する自動車で移動するなんて。

 おそらく陰陽の歴史上初めてのことだろう。そもそも、エルフと出会った陰陽師だってたぶん自分だけ。


「これって、自慢していいことなんだろうか……?」

「ミコトー、今日の晩ご飯どーするー?」

「狸鍋いがいならなんでもいい……」


 無作為な思考を中断させるのは、それ以上にどうでもいい質問である。


 これから酒呑童子の元へと折衝に向かうのに、夕食の心配なんかしてどうするのか。

 下手したら、自分が夕食にされてしまうというのに。


 そう考えて適当な回答をした命だったが、数十分後には過去の自分を絞め殺してやりたいくらいに後悔していた。


 だって、


「お寿司くらいとってよ。酒呑童子」


 このエルフ、鬼にたかってるんだよ?


 マンションに押しかけたあげく、出前を取れと迫るとか。


「お前なぁ……」


 対面に座ったワイルド系のお兄さんが、こめかみのあたりをおさえている。

 これが酒呑童子だ。


 変化の術で人間の姿にはなっているけど、命の目にははっきりと鬼気が見える。しかも怒ってる気配でね。


 わりと本気で勘弁して欲しい。

 鬼の牙城で鬼を怒らせるとか。

 酒呑童子の背後に控えてるのは、四天王の五匹だろうし。


「いいじゃない。お金持ちなんでしょ? 私もミコトも貧乏なんだから施してよ。おごってよ」


 巻き込むなー! 俺を巻き込むなー! 

 と、必死に目で訴える命だったが、ものすごく華麗にスルーされる。


「めんどくせえなぁ」


 などどぼやきながら、酒呑童子が部下に命じて注文させている。

 京都にふたつしか存在しない、とあるガイドブックで星をもらっている老舗の寿司屋に。


「どんだけだよ……しかも出前なんかやってくれるのかよ……」


 ぼそりと呟く陰陽師に、にやりと鬼が笑いかける。


「人間ってのは金とコネには弱いことになってんだよ。大昔からな」

「いや……鬼がそれ言っちゃうの?」


 源頼光に殺されるとき、鬼に横道はないって捨てぜりふ吐いたくせに。


 ちょっと人の世界に馴染みすぎではないだろうか。

 高級マンションに住んで、高級な寿司屋にむりやり出前させて。

 なんというか、態度の悪い成金みたいだ。


「そりゃあ小僧……ミコトっつったか。俺らだって敗北から学ぶべや。人間サマほど柔軟じゃねえけどな。これでも進歩してるんだぜ」


 などど言って、最新型の携帯端末を見せびらかす。


「最近はソシャゲもやってる」

「やってるんだ……」

「俺も出てるんだぜ。しかも女になって。笑っちまうよな」

「そのゲームは俺も知ってるけどさ」


 げらげら笑ってるし。

 なんだろう。

 このまま話していると、この酒好き鬼のことが気に入ってしまいそうな命であった。


「最近はなんでも女の子になっちゃうからねぇ。ニャルラトテップやクトゥグアまで美少女にしたときは、さすがに作者をつっついてやったけどね。メッセンジャーで」

「クレーマーかよ!」


 どうしよう。ツッコミどころしかなないよ。このエルフ。


「親愛よ。あれの作者とはデビュー前から友達なの」

「鬼がコネを使い、エルフがライトノベル作家と友達。どうなってんだろうな。この国は」


 深い深いため息をつく命である。


「で、こいつを連れてきたのは、飯を食うためってわけじゃねえんだろ? クンネチュプアイ」

「ん。話を一気に進めようと思ってね。私が何回も行ったりきたりするのも面倒だし」


 ぺろっとエルフが舌を出してみせる。

 まだ交渉はまったく煮詰まっていない。そんな状態で対面したところで実りのある話し合いができる可能性は低いが、クンネチュプアイは踏み切った。


 もちろん、本気で面倒だと思っているわけではない、という程度のことは酒呑童子も命も理解している。

 千年を生きている古狸より、はるかに食えない女なのだ。


「でもまあ、話はもうちょっと待って。もうひとり呼んでるから」


 そらきた、と、酒呑童子は思った。


 徒手空拳で乗り込んでくるわけがない。

 隠し球のひとつやふたつ、間違いなく用意しているのだ。このエルフは。


 この場合であれば、中立陣営の後ろ盾となる人物、というところだろうか。

 さて、何者が現れる?


 などと考える酒呑童子の目の前で空間が歪む。

 転移術かと警戒する暇もなく現れたのは、背の高い青年だった。背中に黒い羽が生え、長い鼻をもった。


『鞍馬天狗!?』


 がたりと席を立って身構える酒呑童子と命。


「もぉぅ。アイちんってば急に呼び出すんだもぉん」


 かぱりとマスクをはずして、くねくねしている。

 同時に身構えた鬼と陰陽師が、ずるっと脱力した。


「ごめんごめん。サナート。せっかくだから全員で集まった方が良いかと思ってね」


 事態の推移についていけず顔を見合わせる二人に、クンネチュプアイが来訪者を紹介する。

 護法魔王尊こと、サナート・クマラであると。


「……帰りたい……」

「おちつけミコト。まだ焦るような時間じゃない」


 金星人のトップを引っ張りこみやがったよ。この女。

 下手な動きをしたら京都どころか日本沈没ですよ。


「あんらぁ。ふたりともいい男ねぇ」


 くねくねサナート。

 舌なめずりをするように。


「お、おう。酒呑童子だ。よろしくな」

「なんで俺の後ろに隠れながら名乗るんだよ。鬼」

「だってよう」

「陰陽師の七条命だ」

「おま、俺を前に出すんじゃねえ」


 なにやら危険な気配を察したのか、謙虚に前衛を譲り合う命と酒呑童子である。


「三人ともすぐに仲良くなってくれて良かったわ。これなら話し合いもスムーズに進みそうよね」


 クンネチュプアイがにぱっと笑う。


「拙には波乱の気配しか感じられないのですが……」


 部屋の隅でぼそぼそ呟くエモン。

 むろん、エルフには一顧だにされなかった。

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