第8話 タヌキとエルフの意見交換


「さすがアイさま。見事な手管てくだですな」


 鞍馬天狗との会談を終え、駐車場にもどってきたクンネチュプアイを笑顔で迎えたエモン。いちおうの経緯を聴いて、最初に発した言葉がこれである。


「手管て。もうちょっと言い様があるでしょ。エモン」


 手練手管というのは、すごい話術で他人を意のままに操ることを差すのだが、あんまり良い意味には使われない。

 もともとは遊郭の花魁とかが、客の気を引くためにわざと嫉妬するようなことを言ったりとか、そういう男女の話術に使われていたため、ますますそういう印象が強くなっている。


「女性であるアイさまが男性であるサナート・クマラさまを手玉に取った。そのまんまではありませんか」

「よーし、表に出ろくそタヌキ。こらしめてやる」


 ぼきぼきと指を鳴らすクンネチュプアイであった。


 古い友誼と義理立てによる交渉成立である。

 そこに男女の感情はない。


 むしろサナートがクンネチュプアイをそういう目で見ることがそもそもない。

 あんたが男だったらねぇ、とは、出会った当時から何百回も言われてるけど。


「ていうか、あいつらを郷に連れて行ったら男の子たちがピンチなんじゃね? 食べられなきゃいいけど。性的な意味で」

「エルフの郷ですか。みなさんお元気ですか?」

「元気元気。みんなあと五千年くらい平然と生きるわよ」

「そりゃそうでしょうよ」


 長命種である。

 ほっとけば一万年や二万年くらいは普通に生きる。これは金星人たちも同じだが、彼らには寿命という概念がない。

 サナートだって、たしかもう四万年くらい生きてるらしい。


 そこまで人間とタイムスケールが違ったら、価値観なんてまったくすり合わなそうなものなのだが、エモンのみるところクンネチュプアイも鞍馬天狗たちも、妙に人間的だ。

 あるいはギリシャ神話の神々のように。


「おかしなものですな」

「どっちかっていうと、おかしいの人間なんだけどね? 脳がこんだけ発達してるのに、なんで寿命がここまで短いのかって意味で」


 エルフでもドワーフでも金星人でも、脳の発達に比例して寿命がのびていった。

 にもかかわらず、どういうものか人間の寿命は短いままだ。


 これだけの知的活動ができるだけの脳がありながら、寿命は百年足らずとか。


「不思議なものよね」

「やはり、イワナガヒメの伝説通りなのではありませんか?」

「まさかでしょ」


 エモンの言葉に肩をすくめる。


 天孫(天照大神の孫)たるニニギに嫁いだコノハナサクヤヒメとイワナガヒメだが、後者は家に帰されてしまった。

 理由としては醜かったから。


 で、イワナガヒメは、ニニギとコノハナサクヤの子供たちに、寿命が短くなる呪いをかけちゃった。

 だから、人間の寿命は神さまみたいに長くないんだよって伝説である。


「それが正解だったら、日本人以外の寿命はなんで短いのよ」

「拙に訊かれましても」


 ハイブリッドの高級車が静かに発進する。

 千年の歳を降った化けタヌキのエモンだが、じつはクンネチュプアイよりずっと若い。


 歴史だのなんだのって話になったら、さすがに太刀打ちできないのだ。

 西暦の、ざっと三倍の時間を生きているエルフ族の族長には。


「ゆーて私らなんて、歴史学にとっては天敵みたいな存在だけどね。実際に見てないのに判るわけがないなんて言いだしたら、歴史学が存在する意味がなくなるんだから」

「たしかに」


「結局、なんで人間の身体にはテロメアがあるのか、なんでアポトーシスが起きるのかって話になるんだろうけどね。そのへんが解明されたら、人類の寿命も千年単位になるんじゃない?」

「そういえば五百歳を超えるサメが見つかりましたな。最近」


 エモンの言葉である。

 ニシオンデンザメの一種で、推定年齢は五百十二歳。

 地球人類からみたら、とんでもないタイムスケールである。


「いつか人間も何百年何千年って生きるようになり、妖や幻想種族、宇宙人とも普通に共存できる日が、きたらいいわね」

「ですなあ」


 隠れ住むというのは、それなりにストレスがあるのだ。

 お姉さんエルフなんだ。ふーん。くらいで流されるような世の中になったら良い、というのはけっこう衷心からの願いだ。


「七条との会談が、その一歩目になるかもね」

「過大な期待は禁物ですぞ。アイさま」


 人間は嘘をつきますからな、と、付け加える。


「そういう態度が溝を深めてるんだって、死ぬまでに気付くといいわね。エモン」

「拙どもは方便を用いることはあっても、嘘はつきませんからな」

「はいはい。で、今夜はどこに連れていってくれるの?」


 あっさりと流しちゃうクンネチュプアイであった。


「鴨川に良いレストランがあります。本日はそちらにご案内しようかと」

「ほうほう」

「しかも川床ゆかですぞ」

「それは風流ね」


 納涼床のことで、ようするに川の上にせり出して作られた座敷のことだ。

 京都や大阪の、夏の風物詩ともいえる。


「明日の会談に備えて、しっかり鋭気を養わないとね。具体的には肉でパワーアップしないと」

「風情もへったくれもありませんな」


「世の中は肉よ」

「はいはい」


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