第7話 エルフVS金星人
ひしっと抱き合う。
愛の抱擁ではなく、久闊を序しているだけである。
「ひさしぶりね。サナート」
「あなたも変わらないわね」
「いまはクンネチュプアイよ。気に入ってるから当分はこの名前でいくわ」
身体を離し、今度は握手するクンネチュプアイと長身の男。
金星人の地球駐留部隊の司令官であるサナート・クマラ。ようするに鞍馬天狗たちのトップだ。
伝説に描かれるような赤ら顔でもなければ鼻も長くなく、背中に鴉の羽もない。
ぶっちゃけ外見上は地球人と大差なく、むしろクンネチュプアイの耳の方がよっぽど幻想種族っぽいだろう。
それもそのはずで、伝説にあるあの姿は、コンバットスーツを着用したものなのである。
反重力発生装置を搭載し、あらゆる毒素を無害化するマスクと、厚さ数メートルの鋼板をバターやチーズみたいに切り裂いちゃう高周波ブレイドを両腕に内蔵した、超強力な戦闘服だ。
「ええ。良いお名前よぉ。あたしの護法魔王尊よりずっと響きが良いわぁ」
くねくねと身をよじらすサナート。
ものすごくオネエっぽい仕草だ。ちなみに、彼は地球人の美しいオスが大好きである。
性的な意味で。
どうして地球人の寿命があんなに短いのか。とくに美少年はあんなにも儚いのか、常々嘆いている。
わりとどうでも良い話だが。
「月光の矢って意味なのよ。良いでしょ」
「うらやましいわぁ。あたしだって明けの明星尊とか、そういうのがよかったわぁ」
「それじゃルシファーじゃない。結局魔王じゃない」
くだらないことを言って笑い合う。
鞍馬寺の最奥。
金星人たちの要塞の内部である。
というより、鞍馬山じたいが彼らの要塞型宇宙戦艦が擬態した姿だったりする。
陰陽師の七条家との会談を翌日に控え、クンネチュプアイは先に鞍馬天狗たちに会うことにした。
いくつかの理由はあるが、最たるものは彼女自身が固有の武力を持っていないというものである。
長い長い時間を生きてきたクンネチュプアイだが、裏をかえせばただそれだけで、とくに強いわけでもなんでもない。
そりゃあ魔法も使えるし、人間たちに比べればずっとずっと強いが、たとえば酒呑童子あたりとガチで殴り合いなんかしたら、こんな細い身体は簡単に折れてしまう。
それ以上に、彼女には手駒にできる戦力がないのだ。
エモンは友人だし頼りになる男ではあるが、そもそもタヌキなのであんまり戦争では役に立たなかったりする。
陣営としての戦力ということで考えたら、酒呑童子にも陰陽師たちにも勝てない。
「そんなわけで、サナートたちに後ろ盾になってもらおうと思ってね」
「その、ストレートに利用しちゃうよーんって物言い。嫌いじゃないわぁ」
応接セットにクンネチュプアイを誘い、金星人のトップが快活に笑った。
やがてお茶が運ばれてくる。
「でもぉ。あたしたちが簡単には動けないの、知ってるわよねぇ?」
豊かな香気をはなつ紅茶を楽しみつつ訊ねた。
彼らは異星人で、地球よりはるかに進んだ文明を持っている。それゆえにこそ、未開の惑星たる地球への過干渉について、自らを厳しく律しているのである。
たとえば福島の残留放射能だって、金星の科学力を使えば一瞬でゼロにできるのだ。
しかし彼らはそれをしない。
「人類に危機が訪れるたびに、勇者なり救世主なり光の国からやってきた超人なりが現れて救ってくれるとしたら、それはいったい誰の歴史なのかって話でしょ」
クンネチュプアイの言葉にサナートが頷く。
人間たちは、自分自身の手によって自分自身を救わなくてはならない。
それができるようになって、はじめて金星と対等な立場で国交を結ぶことができる。
一方的に助けてもらう関係など、長続きするわけがないからだ。
「まー、判るけどね。私もそれでやらかしちゃったクチだし」
何千年も昔、人類を教え導こうと魔法帝国を作って、大失敗した経験がある。
若気の至りというやつだ。
あの頃は、人類が成長するのをじっくり待てば良いじゃないって考えをもつことができなかった。
「ただまあ、今回のはそういう大きい話じゃなくてね」
「ふむ? というと?」
妖怪大戦争を回避したいだけ、という旨を告げる。
人類は、とっくにオカルトを信じるのをやめているのだから、その実在を匂わせるようなトラブルは避けるべきだろう、と。
「彼らのいうオカルトには、あたしたち異星人も含まれているのよねぇ」
「そうね。かつてはSF分野だったサイキックバトルも、いまじゃすっかりファンタジー扱いよ」
肩をすくめてみせるクンネチュプアイである。
科学に対する憧れは、かつて人類の原動力だった。
遠くへ、もっと遠くへ。
速く、もっと速く。
それが、いつのころからかただの夢物語と片付けられるようになっていった。
「それは文明が成熟していく過程で、たいていは通る道よぉ」
「そんなもの?」
「あたしたちの文明だって、異世界だのなんだのに飛んで、なんの根拠もなく無双するなんてのが流行った時期はあったのよ。まあ時代の徒花よね」
社会に逼塞感が立ちこめると、逃避としてそういうものが流行するらしい。
金星は成熟した宇宙文明だが、最初からそうだったわけではない。
惑星内で幾度も幾度も闘争はあった。差別だってあった。社会そのものが停滞してしまった時代もあった。星が統一されたのだって、ほんの一万年ほど前だという。
「地球に行ってこの科学力で無双して、美少年をたくさん侍らせてイエーイ、なんて夢を見ちゃった子もいるのよぉ」
「なにそれ怖い」
「さすがに思考検査で弾かれて、調査団には選ばれないけどね。そういうのは」
ただ、牛若丸に手を出しちゃった不心得者もいた。
こういうのをゼロにすることはできないのだ。どれほど科学が進歩しようとも。
「にんげんだものね。あいを」
「語呂わるいわぁ」
「ともあれ、騒動を拡大させないためにってことなら協力できるんじゃない?」
「けっこうグレーゾーンよぉ。アイちんの頼みだからきくけどもぉ」
「ありがと。サナート」
謎のニックネームで呼ばれたことは気にせず、クンネチュプアイは右手を伸ばす。
対面のサナートも微笑しながらそれを握りかえした。
交渉成立である。
これでクンネチュプアイは鞍馬天狗たちの武力を背景にできる。張り子の虎ではあるが。
基本的に鞍馬天狗はそのチカラを行使することはできないので。
「報酬は北海道の味覚がいいわねぇ。カニとか」
「タラバで良い? すぐに送らせるわ」
「いやよ。現地で食べたいの」
「このオカマ。またワガママを言いだしたぞ。京都を空けていいわけ?」
「いいじゃなぁい。百年や二百年くらい平気よぉ」
「百年も二百年も天狗が北海道にいたら、新しい伝説が生まれちゃうわよ」
苦笑しつつもクンネチュプアイはサナートの要求を受け入れた。こちらが無茶な要求をしているのである。
エルフの郷に招待するくらい、たいして問題はない。
宇宙船でくるだろうから旅費もかからないし。
「むしろ、いっそ私も便乗していくって手もあるわね」
「そういうアイちんの厚顔さ。大好きだわぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます