第6話 ラブコールフロムエルフ
妖たちの動きが慌ただしくなったのは、この一年ほどの間である。
なんの目的かまでは判らないが、酒呑童子が本拠地としている西京区に、ぞくぞくと戦力が揃いつつある。
ぼーっと静観しているわけにはいかないから、命たちも戦力を整え始めた。
普通に生活している人には判らないだろうが、京都の町は一触即発の緊張感に包まれていたのである。
そんな中、狸谷山不動の古狸が動いた。
京都駅で会っていたのは、なんとなんとエルフである。
意味不明すぎて泣けてくる。
そもそも、エルフが実在していたということが常識の外側だ。
「ご当主。即断は禁物です。見た目がエルフなだけで、たんに我らが知らない妖という可能性もありますぞ」
「たしかに、それはそうだよな」
伝承として伝わっているだけで、本物のエルフを見たことある人間はいないのだ。
もっとも、容姿で判断できたというのは、かつてエルフと交流をもった人間がいて、それを伝えたという可能性があるわけだが。
「で、そのエルフは古狸とともに狸谷山に入った由」
さしあたりのコードネームとしてエルフという呼称を用い、小太郎が報告を続ける。
西京区には向かわなかった。
これは、酒呑童子とは違う指針で動いているということだろうか。
つまり妖たちも一枚岩ではない、ということなのかもしれない。
ある意味で、それは当然である。
一枚岩の組織なんか存在しない。
人間だろうと妖怪だろうと。
主流があれば反主流が生まれ、反主流は主流に取って代わろうとする。そして覇権には興味を示さないが主流ではない、非主流というものだって登場する。
そういうものなのだ。
「さて古狸は反主流か、非主流か、それとも別の何かか」
若く精悍な顔に困惑の表情を浮かべる。
もしも狸谷山不動が反酒呑童子という立場であるなら、ある程度のラインで手を結ぶことが可能になる。
もちろん利害が一致すれば、という話ではあるが。
たとえば酒呑童子の勢力が増すことを面白く思っていない、とか、そういうことであれば、殲滅には協力しあえなくとも追い散らす程度のことなら手を貸してくれる可能性があるということだ。
そして陰陽師と狸谷山不動が協力関係になれば、日和見を続けている他の妖たちも、こちらの陣営に興味を持つかもしれない。
「命、先走りすぎだ」
ぽん、と、小太郎が命の肩を叩く。
耳元に口を寄せて小声でファーストネームを呼びかけながら。
側近としての言葉ではなく、兄貴分としての忠告ということだ。
軽く頷く命。
古狸の立ち位置どころか、エルフが京都を訪れた目的だって判っていないのだ。
たんに狸谷山不動で一泊して、それから西京区に向かうつもりだって可能性もある。
というよりむしろそっちの可能性の方が高いだろう。
「けど、そうじゃない気がするんだよな。ただの勘なんだけど」
右手を下顎に当てる。
熟考しているときの、癖ともいえない癖だ。
なぜそう思うのかは判らない。
古狸の愛嬌のある姿のせいか、それともエルフの色香に惑わされているのか。
と、そのとき、懐の中で携帯端末が震える。
きょうび、坊さんだって神主だって陰陽師だって携帯端末くらいもっているが、つねにマナーモードに設定してあるのだ。
「……しらない番号だな」
画面を見て呟く。
まあ、命の番号は名刺などにも記載されているので、登録している人間以外からかかってくることもある。
通話アイコンをタップして端末を耳に当てれば、鈴を鳴らすような声が届いた。
『七条イノチさんの携帯電話ですか?』と。
うん。
よくある読み間違いです。
「はい。七条ミコトは私ですが」
『あ、ミコトって読むんだ。めんごめんご』
いきなり砕ける。
それは良いとして、めんごとはなんだろう?
たぶん文脈から察するに、謝罪しているのだろうけど。
ちなみに一九八〇年代に使われていた言葉で、タレントの
もちろん十九歳の命には、知る由もないことである。
「いえ。よく間違われますので」
『私はクンネチュプアイ。京都駅で見ていたから判るでしょ?』
笑いを含んだ声にぎくりとする。
エルフだ。
「…………」
『えーと、まさか気付かれてないと思ってたわけじゃないでしょ』
「そそそんなことはないぞ」
『思ってたんだ……』
ヨーデルになってしまった命の声に返ってきたのは、呆れたって雰囲気のため息だった。
実際問題として気付かれていないと思っていたわけだから当然だ。
『まあいいわ。今後のことについて話し合いたいんだけど、都合の良い日を教えてくれるかしら?』
「いや。ちょっと待て。待ってくれ」
右手のひらを前に出し、必死に制動をかける。
そんなことをしても見えるわけがないのに。
もうね。
とにかくね。
状況にツッコミどころが多すぎて理解が追いつかないよ。
「なんで俺の番号を知ってるんだよ」
『名刺を持ってるからよ。そんなしょーもないことを訊くために話の腰をおらない』
「あ、はい。さーせん」
思わず謝っちゃった。
役者が違いすぎる、という表現そのままに、ぜんぜん勝負になってない。
ちなみにどうしてクンネチュプアイが命の名刺を持っているのかといえば、彼がこれまでこなした仕事の依頼人の中に、エモンが含まれているからである。
彼の古狸の本領は情報収集。そのための変身能力だ。
『いま京都に起こってることについては認識してるでしょ?』
「あ、ああ」
『事態の収拾をはかるために私が呼ばれたのよ。ここまではOK?』
「あ、ああ」
芸もなく繰り返す。
音楽的ですらある美声で、とんとんと小気味よいセリフが飛んでくる。いつまでも聴いていたいって気分になってしまうから要注意だ。
『で、一方の言い分だけで善悪理非は決められない。これもOK?』
これはべつに今回の問題に限った話ではない。
物事には、必ず別の側面というものがあるのだ。
判りやすい例だと男女のトラブルなどがそうだろうか。
女性側の主張だけ聴いていれば、なんとひどい男だ、そいつは犬畜生にも劣る存在に違いないと思ってしまう。
逆もまた真なりで、男性側の主張だけに耳を傾ければ、そんなひどい女がいるのか。どういう育てられ方をされたんだよそいつ、と、なることも珍しくない。
自分が被害者のときは、なんてひどいことをするのだと思う。
自分が加害者のときは、この程度のことで目くじらを立てるなよと思う。
そういうものなのだ。
だからこそ双方の主張をきいて、立ち位置を確認しなくてはならない。
これはどんなトラブルの調停でも同じである。
どちらかの気持ちに寄り添うというのは、残念ながら事態の解決には一グラムも寄与しないのだ。
「……なんというか、すごいな。あんたは」
『どういう趣旨の感嘆なのかは判らないけど、長く生きてるからね。で、都合は?』
二、三の言葉を重ねて予定を調整し、通話を終える。
さすがに明日にでも、というわけにはいかないからだ。
七条家のなかでも意見を統一させておく必要もあるし。
「なんというか、嵐のような御仁でしたな」
ふうと小太郎がため息を吐いた。
彼も通話内容は聞いていたのだ。命が咄嗟にスピーカーモードにしたから。
「完全に同意だよ」
似たような表情をする当主である。
京都に到着したその日のうちに、敵対陣営のトップに電話して会談を決めちゃうとか。
行動力が高すぎてびっくりだ。
「ともかくも、争わずにすむならそれにこしたことはありませんな」
「まったくだ。戦ったら損害だって出るし、なにより金がかかる」
しみったれたことを言う。
まあ、貧乏なのは事実なので仕方がない。
「一族内の意見を調整するぞ。三日後の会談までに、交渉のたたき台に乗せられる程度の材料は揃えておかないとな」
「御意」
命の言葉に、小太郎が頭を垂れた。
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