こえのぬし

僕はゆっくりと壁に近づき、そっと鏡に触れた。

トンボを捕まえるときのように息を殺し、鏡の中の扉に触れる。


期待は裏切られ、鏡の中にある扉を開けることはできなかった。

鏡いっぱいに映った白い扉に、僕は両手をついて顔をぐっと近づけた。

息がかかると白く曇り、それはまるでガラス越しに見ている絵のようだった。


そうして、開けることのできない扉を見つめて、どのくらい経ったろうか。

ふと、なにかの気配がして僕は後ろを振り返った。


「あんたの願いは叶った。さあ、これからどうする?」


僕は驚いて肩を震わせた。

振り返った後ろはいつもの本棚だ。


「お前もこっちの世界に来て、ばあさんの手伝いでもするか?」


また聞こえた。

声はどこから聞こえるのか。部屋を見渡す。


すると。

薄暗い本棚の上で何かが動いた。


それはまるで、本物の人のようだった。


疲れた人が「小さなおじさんが見えた」と言っているのを聞いた事がある。

今、僕の前に浮かんでいるのは小さな少年で、悪魔のような漆黒の翼をまとっていた。


燕尾服のような衣装を着て、少し長めの前髪の間から僕を見下ろしている。


金色の髪に白い肌。

何だこれは…


「小さいおっさんと一緒にしないでくれますか。

 驚いて声も出ないか。これだから新しい人材の確保は面倒だ」


そう言いながら金髪の小人は宙を飛び、僕の顔ギリギリまで近寄ってきた。笑みを浮かべた口元には小さな牙があるように見える。


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