第6話 「雁」「蛇」「鶏」(森鷗外)
任侠映画というかヤクザ映画ってどうして無くならないのでしょうか。自分は興味が無いジャンルなのですが、あれを見てカッコイイと思ってヤクザに憧れる人間が出て来ないでしょうか。勧善懲悪で終わればそういったこともないと思われますが、どうもそうばかりではなさそうですから・・・。
そんな任侠映画の主役として活躍した高倉健さんと菅原文太さんが亡くなった時の報道に自分は少なからず衝撃と感銘を受けました。当時健さんの思いやりの心については、色んな方がお話をされていましたが、「誰だって波瀾爆笑」(日本テレビ系)で小林稔侍さんのお話を聞いて本当に世話焼きな方だと思いました。
下積み時代の稔侍さんが28歳で結婚しようとして相手方から反対されてしまったのですが、人気俳優の健さんが保証人になって結婚できたこと。健さんから「稔侍、結婚祝いに出世払いで500万貸すからマンション買え」と言われて気に入った物件を見つけたものの、自分が出世する保証がなく結局断ったこと(当時の500万円は現在の1億円程度)。あるいは健さんが「結婚式を挙げてやる」と言ってくれたり、稔侍さんが好きな車を買おうとしてくれたりとかあっても、稔侍さんがすべて断ったので「(健さんは)むっとしてた」こと。結婚から10年ほどして稔侍さんが自分でマンションを購入すると、健さんは「男がものを買うというのは、そういうことだよな」「自分でよく買ったな」と褒めてくれたそうです。更に健さんは自身の運転で家財道具を稔侍さん宅まで持ってきてくれたのですが稔侍さん的には「出来の悪いやつほどかわいい」と思われたのではとのこと。
(小林稔侍さんは、実は自分にとってはずーっと「キャプテンウルトラ」の「キケロのジョー」としてのイメージが大きいんですけどね。)
一方の文太さんの「仁義なき戦い」は良く知りませんが、その後時代劇、更には刑事ドラマなどにも出演しておりましたし、「千と千尋の神隠し」では「釜爺」の声をされました。しかし特段好きな俳優といった印象はありませんでした。亡くなられた時に報道された彼の人間としての考え方や活動を知って感銘を受けました。そのいくつかが以下です。
・『仁義なき戦い』を演出した深作欣二の臨終を親族と共に看取っており、葬儀では弔辞を読んだ。公開直後には自宅に少年が訪ねて来て「おやじさん、山守は絶対、俺が撃ってきますけん」と言うので「ありがとう、まあ、ラーメンでも食いに行こう」と連れ出して説得して帰ってもらった。
(エルペディア:https://rubese.net/lpedia001/target.php?name=%E8%8F%85%E5%8E%9F%E6%96%87%E5%A4%AA&id=75223 )
・「第64回日本消防協会定例表彰式」に消防応援団員として登場。当面、俳優としての活動を控えるとの考えを明かした。
菅原は昨年、山田洋次監督の最新作「東京家族」の主演を降板した件について「どういうテーマであれ、映画を撮っている時ではない。監督も同じ考えだった」とクランクイン直前に起こった東日本大震災が大きな理由だったとあらためて説明。「こういう時代にどういう映画をどんなふうに出すのかというのは難しい」と震災以降、劇映画の存在理由が見出せないでいることを口にした。
(スポニチアネックス:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2012/02/23/kiji/K20120223002691090.html )
・自民党議員や著名人との会食中、武藤貴也が「法律を改正し、自衛隊を送り、武力を以てしても、中国船舶を追い返し、国土(尖閣諸島)を守らなくてはいけない 。これでは、日本の名誉が損なわれる」と発言したのに対して「君が行くのか 。そこで一発でも銃弾が飛んだら戦争に発展し自衛官の命が失われる。それでもいいのか? 名誉など後でいくらでも取り返せるが人命はそうは行かない 君は何も分かっていないんだ 帰れ」と一喝。武藤は席を立ってそのまま戻らなかったという。
(エルペディア:https://rubese.net/lpedia001/target.php?name=%E8%8F%85%E5%8E%9F%E6%96%87%E5%A4%AA&id=175984 )
健さんは悪性リンパ腫でこの世を去られました。
2014年11月10日午前3時49分、悪性リンパ腫のため東京都内の病院で死去されました。その5年ほど前に前立腺癌で手術を受けて寛解したものの、定期検査で悪性リンパ腫が発見されて療養していました。
一方の文太さんは転移性肝癌で亡くなられました。
2007年に膀胱癌が判明し、筑波大学附属病院で手術せずに放射線や陽子線治療による膀胱温存療法を受けました。2014年11月13日に定期健診で病院を訪れてそのまま入院となり、11月28日午前3時、転移性肝がんによる肝不全により東京都内の病院で死去されまた。
膀胱癌と言えば松田優作さんも思い出します。
健さんも文太さんも癌の告知を受けられたのだと思いますが、その時の医者の心境は一般の患者さんへの場合と多少は違っていたかもしれません。ただ、その後健さんにしろ文太さんにしろ自分の病状を知人に「告知」するかどうかかなり迷われたんじゃないでしょうか。その心境には有名人も一般人もなかったのではないかと思います。
文太さんならこんな言葉で知人に自分の病状を「告知」したものと想像します。きっと、「仁義なき戦い」で使った広島弁を、ドスの効いた声で、悲しみや苦しみを隠して、
「癌じゃけぇ」
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