3-6
『飯田さん、発信者わかりました。データ転送します』
飯田のパソコンに転送された動画の発信者の名前は陣内克彦。美夜の予想通りの人物だった。
『この名前、さっきの所有者一覧にいたよね』
「はい。彼が21世紀の切り裂きジャックなら……」
『次のターゲットはこの女性か。すぐに場所割り出すよ。神田さんは動いて』
「お願いします」
映像がリアルタイムなら女性はまだ生きている。サイバー犯罪対策課のフロアを出た美夜は九条のスマホに繋げた。
「九条くん、映像見た?」
{一課のパソコンで見た。今どこ?}
「十階エレベーターホールに着いたとこ」
{ならそのまま地下駐車場。先に車行ってる}
「わかった」
背後で飯田の呼び声が聞こえた。彼はサイバー犯罪課の扉の前でエレベーターホールにいる美夜に向けて声を張りあげる。
『場所特定できたよ。墨田区のホテル、フィオーレ。部屋番号は四○六。上野一課長にも知らせておく。ホテルの位置情報を神田さんのスマホに送ったから』
「ありがとうございます」
ホテルの住所は墨田区
十階から一気に警視庁の地下駐車場に下る。駐車場では九条が車のエンジンをかけて待っていた。
『動画はサイト側が削除したみたいだ。殺人マニアのサイトでも案外良識あるんだな』
「よかった。殺人シーンまで流れたらと思うと地獄だった」
『でもツイッターや掲示板にはもう拡散されてる。ネットの連中は縛られた裸の女の動画に大騒ぎだ』
「奴の狙いがわからない……。どうして今回はあんな動画を載せたりしたんだろう」
現場に向かう間に無線に入電が入った。動画に映っていた女性の情報だ。
女はデリヘル派遣サロン〈ローズガーデン〉のマユカ。本名は紺野佳世、豊島区の主婦だ。
「上中里の主婦絞殺事件って小山主任が呼ばれた事件よね?」
『別件の事件の被害者と交際していた大学生の義理の母親が陣内の動画に映っていた。何がなんだか、わけわかんねぇ』
無線には紺野佳世の義理の息子、紺野涼太の情報も入ってきた。涼太の交際相手の井川楓は今週月曜日に北区の上中里駅付近で殺害されている。
「しかも紺野佳世の義理の娘が荒川第一高校の生徒って……」
『陣内は紺野佳世が生徒の母親だとわかっていて狙ったのか?』
「たまたま無作為に選んだ次のターゲットが紺野佳世だったのかもしれないし、紺野佳世に狙いを定めたのか……どちらにしても陣内は四人目を殺そうとしている」
サイレンを鳴らす警察車両は墨田区に入った。首都高沿いの江東橋二丁目のラブホテル街はあちらもこちらも、それらしい建物が並び立つ。
ホテル〈フィオーレ〉の前にはパトカーが停まっていた。陣内は先に到着した江東橋を管轄区域に置く
『私達が到着した時にはすでに……』
本所署の刑事が駆け付けた時には事は終わった後だった。第四の犯行を阻止できなかった悔しさが現場の空気を重くする。
九条は悔し紛れに拳で壁を叩き、美夜は目を伏せて深く息をついた。
「陣内は?」
『別室で拘束しています。会いますか?』
「まず先に現場を見ます」
ホテルの狭いロビーは部屋を追い出された他の利用客で溢れていた。中年の男と若い女のカップル、濡れ髪にバスローブ姿の男二人や首筋のキスマークを気にする女……様々な訳ありの男女の波をすり抜けてエレベーターで四階に上がる。
鑑識の許可を得て美夜と九条は四○六号室に入室した。
薔薇模様の壁紙もレースの
鮮血に染まったシーツは元の色がわからない。ベッドの中央に横たわる紺野佳世の遺体はこれまでのデリヘル殺人の中で最も残忍な有り様だった。
手で首を絞められているのは前三件と共通だが、腹部の十字傷の範囲が広い。
『間宮誠治の小説を読んで、この十文字の切り裂きの意味がわかった』
「殺人衝動ってタイトルのあの本?」
間宮誠治のミステリー小説である[殺人衝動]は九条のデスクに積まれた切り裂きジャック関連の書物のひとつ。美夜が冒頭で読書を放棄したあの小説を九条は一夜漬けで読み終えていた。
『小説に出てくる頭の狂った殺人鬼が女の腹をこうやって十字に切り裂いていたんだ。動機は自分を捨てた母親への恨み。女の腹にある子宮は母親の象徴だからそれを切り裂きたくなった……だったかな。胸糞悪い話だった』
「陣内はそれを真似たのかもね。それにこの状況も……」
裸に両手両足を縛られた状態の佳世の赤い十字架はまず胸の谷間から下腹部まで縦に真っ直ぐ切り裂かれ、横は左右の脇腹を一気に裂かれている。
その惨状は[殺人衝動]冒頭の描写と瓜二つだった。
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