2-9
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
[あいにゃん]
またデリヘル嬢が殺られたんだ
[Takabo]
今度の子は可愛いな\(^^)/
[ゆーき]
狙われるのはいつも女で嫌になる。
[ぴこぴこ太郎]
これはツイフェミが騒ぎだすぞ
[Rain]
警察無能じゃん
警視総監は謝罪会見しろよ
[アサノ]
俺をけなしたクソ女も
タヒんでくれねぇかな
切り裂きジャックに狙われるように
願っとこww
__________
SNSに飛び交う批判、同調、欲望、煽り。
対岸の火事の火の粉は決して自分には降りかからないと、安全な場所で高見の見物をする野次馬たちが今日もインターネットで暴れている。
「九条くん。そろそろ行くよ」
『……ああ』
美夜が声をかけても九条は上の空。彼は持っていたスマートフォンを乱暴にポケットに押し込んだ。
「元気ないね」
『ニュースやネット見てうんざりしてたんだ。どいつもこいつも警察が無能だの切り裂きジャック万歳だの好き勝手言いやがる』
九条の憤慨の原因はもちろん21世紀の切り裂きジャックだ。
『一番許せねぇのは死ぬ前に一回ヤらせろと言ってる連中だ。風俗に世話になってるくせして風俗で働く人間の尊厳は踏みにじる。男だ女だ関係なく、人として情けない』
「自分に降りかからないことはすべて他人事なのよ」
岡部千尋の遺体が発見されたのは昨日、4月17日の未明だった。
現場は足立区綾瀬の月極駐車場。千尋が住むアパートは綾瀬駅徒歩5分の綾瀬二丁目にあり、彼女は帰宅途中に襲われたようだ。
殺害方法も前二件と同様に後頭部に殴打の傷、手で首を絞めて殺害し下腹部に十文字の切り傷がつけられていた。
被害者もこれまでと同様、デリバリーヘルスに従事していた。千尋の場合は昼間は会社勤め、夜にデリヘルの副業を行っていた。
駐車場の防犯カメラには黒いジャンパーの男が気を失った千尋を引きずる映像が記録されている。
男はジャンパーのフードを被り、顔を覆える大きなマスクを嵌めていた。残念ながら人物特定には至らなかったが、身長は推定で170センチから175センチ、体型は細身の痩せ形。
第一の現場付近でも黒いジャンパーにマスク姿の男の目撃情報は寄せられていた。
しかしラブホテル街という土地柄も相まって人目を避けて歩く人間が大半だ。誰も他人の顔をじろじろと見ない。
加えて花粉症の季節でもあり、マスクを着用していても不審ではなかった。
今日は岡部千尋の恋人、城戸信平を警視庁に呼んでいる。聴取の担当は美夜と九条だ。
取調室で待っていた城戸は不遜な態度を隠そうともしない。同じく不機嫌な顔つきを直さない九条も、どいつもこいつも男は子どもっぽいと美夜は呆れていた。
『来いって言うから来てやったのに、なんで案内された部屋が取調室なんですか。これじゃあ犯人扱いだ』
「他に手頃な部屋が空いていなかったもので申し訳ありません」
千尋と城戸は2年前から恋人関係にあった。千尋の友人の証言によると千尋は城戸との結婚を考えていたらしいが……。
『こっちは千尋に騙されていたんですよ。あいつがデリヘルで働いていたなんて知らなかった。友達には哀れみと偏見の目で見られるし、千尋の存在を親に知られていないだけまだマシでしたね。早まって実家に連れて行かなくてよかった』
城戸の言葉には千尋への愛情や彼女がこの世にいないことへの
千尋がデリバリーヘルスに従事していた事実もニュースで報道されている。
本名も職業も、出身校の卒業アルバムの写真や近所の主婦が下す評判まで電波を通して全国に流される。どこまでも被害者に人権はない。
ひとしきり城戸に愚痴を吐き出させた美夜は柔らかな声色で告げた。
「騙していたのはあなたの方では? 借金があるなんて嘘ですよね」
それまで饒舌だった城戸の口が閉口した。城戸は何か勘違いをしている。
警察は愚痴を黙って聞いてくれる相談窓口ではない。
「これは千尋さんと彼女の友人のメッセージのやりとりです」
千尋のスマートフォンのトークアプリのデータをプリントアウトした用紙を城戸の前に置いた。昨年の12月のやりとりだ。
「千尋さんはデリヘルの仕事を友人にさえも明かしていません。ですが副業をしていることは話していたのでしょうね。このやりとりを見ると、デリヘルの副業はあなたが消費者金融から借りた五十万の借金の返済費用を稼ぐ目的があったようですよ」
千尋の友人は借金の話を疑っていた。副業してまで千尋が彼氏の借金を肩代わりする必要があるのかとメッセージのやりとりで問いかけている。
それに対する千尋の答えは「好きだから助けたい」と、恋に盲目になりやすい彼女の気質が窺える。
「私達の調べでは城戸さんに消費者金融での借金の事実は見受けられませんでした」
城戸の身長は推定175センチ、細身の体型は防犯カメラ映像の黒いジャンパーの男に当てはまる。だが犯人は城戸ではないと美夜は確信していた。この小心者に殺人はできない。
「千尋さんは妊娠していました」
『妊娠……? 嘘ですよね?』
「本当ですよ。妊娠6週目でした。お心当たりがあるのでは?」
最初の不遜な態度こそ消えたものの、城戸は妊娠の話を鼻で笑った。
『さぁ。それが俺の子かはわかりませんよ。何せ風俗ですからね。俺じゃない男の種が入ったっておかしくない』
「ご存知ないかもしれませんが、デリバリーヘルスは本番行為を禁止しています。千尋さんが肉体関係がある男性はあなたしかいません。……あなたのお子さんですよ」
恋人だけでなく、人間としての姿や人格すら与えられないまま命を絶たれた我が子の死を突き付けられても、城戸の瞳に
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