2-13

 門扉の前で荒川第一高校に通話を繋げる。話術の上手い九条が来訪の経緯を電話口で説明してもなかなか話が通らない。

少々手こずりはしたが、交渉数分で面会許可が降りた。


『教頭が対応に出たんだけど本当に警察なのかすっげぇ疑われた。絵茉の事件があった直後に週刊誌の記者が学校に来て色々聞き回ったらしい』

「本名がわかれば出身校を見つけるのは容易いからね」


来客用玄関の前に出てきたのは九条と押し問答を繰り広げた教頭だ。まだ授業時間のようで校内は静かだった。


『マスコミにも散々問い詰められましたがね、卒業した生徒のことを聞かれても困るんですよ。話せる内容なんて成績や素行態度くらいなものですし、下手なことを喋ればあちらの親が黙っていないでしょう』


 マスコミに嫌気が差している教頭は警察の来訪も歓迎しない。美夜も九条もぞんざいな扱いには慣れていた。

手放しに警察を歓迎する学校も企業もない。警察はいつだって厄介者だ。


 美夜達を会議室に通した教頭は小言を言いつつもコーヒーを出してくれた。

室内にチャイムが響く。12時35分、今から昼休みが始まる。


「ここは昼休みが12時35分からなのね」

『俺の高校は12時45分だった。神田は?』

「12時50分」

『うわー。腹減りそう』


学校によって昼休みの時間は違う。会議室の外の世界は昼食に浮かれる生徒達のお喋りで溢れている。


 ノックの音を合図に二人は立ち上がった。毛玉のついた紺色のトレーナーにスラックス姿の男が美夜と九条に会釈する。


『前田絵茉さんの担任をしていた陣内です。生物を担当しています』


小声でボソボソと話す陣内教諭は見た目から陰気な印象を与えるが、美夜達への態度は教頭に比べれば穏やかだった。


『お通夜で前田さんのご両親とお会いしたんですよ。教え子が亡くなるのは初めてのことで、しばらくは食事が喉を通りませんでした』


 メンタルに影響を受けなくても常に食が細そうな男だ。陳内の年齢は三十代半ば、脂肪のない手首や線の細い身体は中年太りとは無縁に見える。


「陣内先生から見て絵茉さんはどのような生徒でした?」

『どのようなと言われても難しいですね。もう少し具体的な質問をしていただけますか』

「失礼しました。成績優秀な生徒でしたか?」

『成績はどの科目も中の下辺りでしたね。追試や補習授業の常連でした。なんとか大学に受かってくれて安堵しましたよ』


 絵茉が在学していた大学はFランクの三流私立。ランクがどこだろうと卒業すれば経歴は大卒となるため、Fランクにはとりあえず大学に入りたい人間が集まる。


「素行の面では?」

『特に目立った素行の悪さはありません。普通の子です。あとは……前田さんはあそこまで派手な子ではなかったんです。ニュースで大学生になった前田さんの写真が流れた時は同一人物かと疑いました』


 陣内が持参した卒業アルバムに写る前田絵茉は黒髪に素っぴんだった。解剖写真で絵茉の素顔は見ているが、化粧をしていない絵茉の顔には華やかさがない。


卒業アルバムには三年生のクラス写真も掲載される。絵茉のクラスの文化祭や体育祭のページを見ていた九条が口を開いた。


『絵茉さんの交遊関係を調べていた時に大学以前の交遊関係が極端に少なかったんです。絵茉さんは学校内に友達はいたんでしょうか?』

『生徒の交遊関係には干渉しないので……ただクラスでも浮いた存在ではありましたね。目立つグループの子達と一緒にいるところはよく見かけましたけれど、その子達と特別親しくもなさそうでした』


 陣内が指差した目立つグループとは体育祭と文化祭の集合写真の中央を陣取る女子集団だ。女子集団から一歩引いた場所に絵茉の姿があった。

どちらの写真でも変顔や笑顔で写る派手な女子生徒達の側で絵茉は控えめにピースサインをしている。


『僕が話せることはこれくらいです』

「ありがとうございました。あの、北側の校舎の近くに公園がありますよね」


 これで話が終わると思いきや、急に話題を変えた美夜に陣内は怪訝な表情で応じた。


『ああ……ありますね。あの公園は下校する生徒達の溜まり場になっていますよ』

「北の校舎にはどんな教室が?」

『僕が受け持つ生物室や化学室などの理科系教室と、美術室と音楽室もあります。それが何か?』

「いえ、どこの学校も似た作りだなと思ったもので。お忙しいところを失礼致しました」


 昼休みの騒がしい校舎を抜けて美夜達は荒川第一高校を退散する。日暮里のコインパーキングに向かう二人の脳裏に前田絵茉の本当の姿が浮かんだ。


「絵茉って高校までの自分をリセットして大学デビューしたタイプかな。だから中学や高校の交遊関係がいなかったのね」

『高校時代に地味だった人間が大学ではじけるのはありがちだ。それでカップルクラッシャーになるのはやり過ぎだけどな』


陣内の話によって絵茉の印象は大きく変わった。高校時代の絵茉は派手なグループの側に控えめに存在する普通の生徒だった。


『北側の校舎の話は意味あるのか?』

「北校舎なら日暮里南公園が見えるでしょ」

『さっきの視線ってやつ気にしてる? 授業中の生徒や教師がよそ見して外見てたんじゃねぇの?』


 もちろんその可能性が高い。

北校舎には陣内の担当科目の生物室もあると言っていた。生物室は何階だろう?


「九条くんの身長いくつ?」

『180センチ』

「とすると、陣内の身長は175センチ前後ね」


 会議室を出た時に九条と陣内が肩を並べた瞬間があった。180センチの九条と陣内が並んだ時の二人の身長差は5センチ程度。


『陣内のあの細い腕で人絞め殺せるとは思えないぞ』

「細くても男は男。それに被害者の後頭部を殴って気絶させてから絞め殺してる。陳内の身長や体型もカメラに映っていた男と似てるよ」


 尾竹橋通りを横切って日暮里のコインパーキングに着いた。

今日は花冷えの曇り空。一瞬覗いた太陽はまた雲のカーテンに隠れてしまった。


『やっぱり絵茉の周囲の人間関係だけに絞るのは危険だろ。絵茉と明日美と千尋、無差別だとしてもこの三人は全員デリヘルをしていた。事件の突破口はそこにあると思う』

「三人の共通点はそこなのよね……」


 日暮里南公園で受けた気持ちの悪い視線の感覚はまだ美夜にまとわりついている。


この気持ちの悪さは何?

見えそうで見えない花曇りの先に何かあるはずだ。

見落としている何かが。



Act2.END

→Act3.催花雨 に続く

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