3-11
『気になるのは明智夫妻には子どもが二人いたんだが……』
「息子と娘の記載がありますね。発見者の息子の伶が十歳、二階で寝ていた娘の舞が五歳」
『正確には二人とも明智と前妻の間の子どもだ。息子と娘は一旦施設に入ってその後に養子に入っている。子ども達の養子先はあの夏木十蔵だ』
夏木の名前が出た途端、真紀の顔つきが険しくなる。エクレアとカフェオレの幸せの魔法が解けた彼女は小さな溜息をついた。
夏木十蔵が束ねる夏木コーポレーションは港区虎ノ門に本社を構える長者番付常連の上場企業。
近年はホテル経営に力を入れており、都内や関東近郊に高級ホテルやリゾートホテルを所有している。
紛れもなく夏木十蔵は日本の経済社会を牛耳る一人だ。
「夏木十蔵は貴嶋が脱獄した際に
『あの男は貴嶋以上の食わせものだからな』
死刑判決が下されている犯罪組織カオスのキング、
貴嶋が殺した人間の数は計り知れず、殺人の
『夏木十蔵との関係について貴嶋は多くを語らないが、貴嶋と夏木がビジネスパートナーであったことは間違いない。カオス
「あのホテルの名前を聞いて昔のことを色々と思い出しました。貴嶋とカオスはいつまでも私達に付きまといますね」
10年前に埼玉で二つの殺人事件が起きた同じ頃、真紀と上野は犯罪組織カオスを相手にした攻防戦の真っ只中にいた。
真紀の刑事人生でもあれほど濃厚で殺伐とした数年間はない。
辛い別れもあった。受け入れ難い真実に涙した夜もあった。
『死刑判決が出ているくせに貴嶋は相変わらず飄々としてるから
貴嶋は東京拘置所で死の制裁が訪れるその時を静かに待っている。貴嶋との戦いに決着はついた。
それでも戦っても戦っても終わらない戦いが存在する。
人がいる限り生まれる悪。人がいる限り生まれる闇。
『小耳に挟んだ噂に過ぎないが、夏木十蔵には専属の殺し屋がいるようだ。夏木にとって邪魔な人間や不要になった人間を始末する夏木専属のヒットマンは裏の業界では“ジョーカー”の通称で呼ばれている』
「噂が本当ならまるでカオスですね。カオスだって貴嶋専用の殺し屋集団でしたよ」
『ああ。俺達がどれだけ潰しても新しい犯罪集団が湧いて出てくる。立川の半グレ集団が射殺された事件は聞いたか?』
「立川のレイヴンですよね。組対の
4月14日、東京都立川市の雑居ビルで半グレ集団のトップを含むメンバーと彼らの愛人を含む六人が射殺された。
実際に現場を見た警視庁組織犯罪対策部の百瀬刑事の印象では殺しは残忍かつ冷酷、一切の情も躊躇もない犯行だったそうだ。
「レイヴンのメンバーを殺したのがジョーカーだと?」
『組対はジョーカー説をひとつの可能性として考えてるようだが、レイヴンと夏木の因果関係は不明だ。ジョーカーについては公安も調査を進めている。近いうちにお前の旦那にも協力を頼むかもしれない』
「必要な時はいつでも使ってやってください。貴嶋が再逮捕された後は情報屋の仕事が少なくて暇していますから」
天皇陛下の生前退位によって来年の5月1日に元号が変わる。
来年の今頃は新しい元号が発表され、再来年の2020年開催予定の東京オリンピックに向けて日本の歩みは加速する。
怯えても拒んでも否応なしに訪れる新しい時代の到来。
浮き足立つ人々の裏側で蠢く影の者達。光と闇が混在する東京には
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