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講演の開始を着席して待っていると、伶の座る位置から座席をひとつ空けた席に男が座った。誰かと思えば先ほど愁が名指しした紺野涼太だ。
講演会は法栄大学の学生であれば誰でも聴講できる。講堂には法栄大生と思われる学生が座席に散らばっていた。
伶の近くに座らなくても、一階席にも二階席にも空いている席はいくらでもある。伶は紺野の存在を無視したが、ややあって紺野が話しかけてきた。
『夏木グループの会長ってお前と同じ苗字だけど親戚?』
『そんなようなもの』
『お前の家はやっぱり金持ちか』
紺野の伶に対する態度にはいちいち棘がある。相手から勝手に嫌われていようと伶には何ら支障はない。関わり合いにならなければ良いだけだ。
『ミスコン準グランプリの彼女とは上手く行ってるのか?』
『紺野が俺の交遊関係を把握してるとは意外だよ』
『馬鹿か。お前と
来栖愛佳は伶が昨年から交際している恋人の名だ。愛佳は昨年のミス法栄コンテストで準グランプリを受賞している。
『ミスターコンやミスコンとか興味ないんだ。やるなら巻き込まずに勝手にやってくれと思う』
『そのわりにはちゃっかりミスコン準グランプリを彼女にしてるじゃん。お前のそういうとこがムカつくんだよ』
紺野が何に腹を立てているのかさっぱりだ。身に覚えのない理不尽な怒りをぶつけられる筋合いはない。
『そっちもマッチングで遊んで楽しんでるだろ』
『アラサーの人妻ともなると年下を可愛がりたくなるらしいな。ちょっと甘えれば小遣いもくれる』
『マッチングは女の金目当て?』
『そうでもねぇよ。けど結果的に性欲処理と金も手に入って一石二鳥のビジネスってやつ。うちは子どもに回せる金の余裕がねぇんだ。妹の小遣いも俺のバイト代からやってる』
紺野の演説のテーマは何だろう。得るものも落ちもない、金銭的に恵まれなかった側が垂れ流すつまらない愚痴だ。
『生まれた時から金に苦労したことがない人間にはわからねぇだろうが、妹が大学入る頃には少しでも金銭的に楽になるように金貯めてるんだ』
『奇遇だね。うちにも高校生の妹がいるよ』
『どうせ妹も私立のオジョー様学校だろ。うちは違う。妹はもっと偏差値高い私立高校狙えたのに、行きやすい場所の都立でいいって……』
紺野の話はそこで途切れた。講堂には講演開始のブザーが鳴り響いている。
他人の身の上話に興味はない。そんな話を延々と聞かされてはたまったものではない伶は、紺野の演説の強制終了と講演の始まりに安堵していた。
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