1-11

 剥き出しのコンクリートの地下階段にアルミの扉。洒落た外観に比べてビルの造りは粗朴そぼくだ。

一流は中身の質にこだわり、三流は見た目に金をかけて中身には金をかけない。


地下の間取りは頭に入っている。管理室と名がつく部屋の実情は岸田達が酒と薬と女を楽しむ快楽部屋。

アルミの扉越しに耳を澄ませると数人の笑い声が聞こえた。かすかに女の声も混ざっている。


 勢いよく開いたアルミの扉から現れた愁に最初は誰もが唖然としていた。

日差しの届かない地下に棲息する四人のモグラは二人の女をはべらせて酒をあおっていた。そのうちのひとりが鋭い眼光で愁を睨み付ける。


『なんだお前? いきなり……』


言い終わらないうちに額から血を噴き出した男の亡骸が床に転がった。

男の隣にいた女の悲鳴が耳につく。金切り声の五月蝿うるさいい女を、頭を撃ち抜いて黙らせた直後、ナイフを掴んだ男が愁に突進してきた。


 愁の倍は横幅のある男の大きな手に握られると、ナイフも子どものオモチャにしか見えなかった。

軽々と銀色の刃先をかわした愁は男のみぞおちを蹴り飛ばす。腹部を押さえて膝をついた男の顔をさらに蹴り上げ、仰向けに倒れた男のこめかみにまた一発、無情な弾丸が放たれた。


 愁は悠々とソファーにふんぞり返る男に視線を移した。部下と女が次々と殺されていく様子を男は他人事のように傍観している。


『あんたが岸田博正か』

『お前どこの組のものだ?』

『こちらの所属を名乗る必要はない。あんたの金づるが差し出した金がうちの貸金庫から持ち出された金だったものでね』


岸田博正は底意地の悪い笑みを浮かべて呑気に煙草をふかしていた。


『どこの金だろうが知ったことじゃない。そんなんで殺されてちゃ命がいくつあっても足らねぇな』

『俺もあんたは巻き添え食らった側だと思ってる』


 馬鹿な銀行員がレイヴンが運営する闇金融の支払いに夏木の金をあてがわなければ、そもそも夏木から殺害命令が下ることもなかった。


『同情されてもなぁ。これだけ派手にやってくれた落とし前をどうやってつけるつもりだ?』

『俺もこれが仕事だ。あんたには悪いが、遂行させてもらう』


 背後の気配にはとっくに気付いていた。取り巻き二人を始末した直後から部屋にいた岸田の息子の姿が消えている。


こちらを睨み付ける岸田の視線が動いた瞬間、愁は岸田に向けていた銃口を後ろに向けた。ガラスの灰皿を愁の後頭部めがけて振り下ろそうとしていた岸田の息子、達磨たつまの腹部が裂ける音が響く。


 腹部を撃たれて呻き声をあげる達磨の息の根を止めている隙に裏口への逃亡を図ろうとした岸田を愁は逃がさない。達磨を殺した流れで岸田の太ももに狙いを定め、トリガーを引く。


足を撃たれて床に転倒した岸田を追い詰める愁。這いつくばる岸田の太ももを流れ出る血が灰色の床を汚した。


『息子を囮にして自分だけ逃げようだなんて、ひでぇ父親だな』


 銃から排出された七つ目の薬莢やっきょうが甲高い音を立てて落ちた。これで殺した人数は五人。

部屋に入った時は四人の男と二人の女がいたが、もうひとりの女がいない。

裏口から逃亡しようとしても待機している部下が逃亡を阻止する。女はまだこの部屋のどこかにいるはずだ。


 快楽部屋と化したここも元々はバーかパブだったのだろう。店の名残のソファーとテーブル、カウンターの奥には酒瓶が並ぶ棚が置かれている。


 カウンターの後ろに女が隠れていた。

両耳を押さえて小さくうずくまる女はまだ若い。愁に片腕を捕まれて無理やり立たせられた彼女の顔立ちは美容整形案内のホームページにでも載っていそうな量産品だった。


『どうりで女がひとり足りねぇと思った』

「お願い見逃して……っ! 警察には言わない。身体でも何でも売るからっ! 死にたくないの……」


裸も同然のスリップ姿で女は愁にしがみついた。肩紐が落ちたスリップは腰まで脱げ、もはやその役目を果たしていない。


「あなたの女になってもいい。だから殺さないで……」


 革手袋を外した愁の片手が女のしなやかな背中をなぞって彼女を抱き寄せた。身体に擦り付けられた胸は形が良く、鷲掴みした肉厚なヒップが若さを誇示している。


 女の赤い唇が愁の唇を覆った。ついばみ、触れ合わせ、唾液の音を伴って二人は舌を絡める。

キスを繰り返して近くのソファーに移動した彼女はみずから股を開き愁を誘った。


陰毛がすべて取り除かれた女の部分は、愁の指が割れ目に触れると卑猥な音色を奏で始める。死にたくないと怯える女の膣は蜜を放出して湿っていた。


 利き手ではない愁の二本の指が中で動くたびに女は吐息混じりに甘ったるく喘いだ。毛の遮りのない剥き出しの性感帯は女が喘ぐたびに真っ赤に花開いていく。

愁の口に含まれた胸の突起は硬く尖り、赤く染まった下半身の花びらも愁に触れられて喜んでいる。


 演技なのか本気なのか、女は甘い声でよく鳴いた。死体と血の臭いに囲まれたこの空間で一体、何に興奮しているのだろう。

もう少し茶番に付き合ってやろうと思ったが、嘘くさい喘ぎ声を聞くたびにしらけていく。愁自身は乱れる女の裸に何ひとつ興奮していなかった。


『あんたの顔は俺の好みじゃねぇんだ』


 利き手に握られているのは最後の一発を宿した冷酷な武器。

彼はソファーを降りて二歩下がる。悲鳴も発せず震える裸の女は左胸に鮮血の花を咲かせて息絶えた。


仕事を終えた銃のサイレンサーを外して本体をホルスターに収めた愁は、膣に沈めていた二本の指先を舐めた。好みではない女の蜜は非常に不味く、彼の口には合わなかった。



Act1.END

→Act2.桜流し に続く

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