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 関東最大の暴力団、和田わだ組と繋がる夏木が半グレ集団を恐れる理由はない。夏木が懇意にしている裏の人間に処理を頼めば片付く話である。


しかしヤクザを動かせば警察が動く。警察にも裏社会の人間との繋がりを持ち、金で情報を買っている刑事は少なくない。

警察と反社会組織の持ちつ持たれつの関係で社会の均衡は保たれているが、そこに加わらない半端者が半グレ集団だ。


 レイヴンの拠点は東京の立川たちかわ市。トップの岸田きしだ博正ひろまさを始めとした幹部のほとんどが1980年代に立川や八王子を縄張りとした暴走族グループの出身者。


90年代になり黒龍こくりゅうと呼ばれる新興勢力のグループによってこの地域の複数の暴走族グループが壊滅に追いやられた。

滅びた複数のグループの寄せ集めで結成された典型的な半グレ集団がレイヴンだ。


 立川に向かう車内で愁はタブレット端末でレイヴンの情報を流し読みする。確実に潰さなければならないターゲットの情報以外は必要ない。


半グレの特徴は年齢層にある。80年代や90年代にをしていた四十代、三十代がグループの幹部に君臨し、使いパシりでは少年院上がりの二十代も多い。

ヤクザに比べれば若年層の多い組織だ。

トップの岸田と取り巻きが二人、岸田の息子の始末が愁に命じられた仕事だった。


 多摩モノレールが通る立川駅前の南口大通りで車が停車した。運転手を残して車を降りた愁は人混みに紛れて早足で歩を進め、立川南通りに入った。

通りに並ぶビルの一階から出て来た若い女とすれ違った時、女が愁の名を呼んだ。


「木崎さんっ」


 振り向いた視線の先にいたのは夏木コーポレーションの秘書課に所属する三岡鈴菜。愁の同僚だ。


 インディゴのデニムジャケットにシフォンのロングスカート、足元はスニーカーという出で立ちの鈴菜は見慣れたオフィススタイルの時とは別人に見える。

鈴菜の隣には中年の女性がいた。


「こんにちは」

『こんにちは。立川にいるなんて珍しいね』

「実家が立川なんです。あの、母です」


鈴菜の母親は好奇心に満ちた眼差しで愁を見上げた。


「いつも娘がお世話になっております。木崎さんのお話は鈴菜から聞いているんですよぉ」

「お母さんっ!」

『はじめまして。木崎です』


確か鈴菜の自宅は祐天寺ゆうてんじにある。都心から離れた立川で夏木コーポレーションの社員とその母親と遭遇するとは思わなかった。


「木崎さんは立川に用事が? 会長のスケジュールでは今日の予定は入っていなかったと記憶していますが……」


 夏木コーポレーションは基本的に土日休みだ。土曜の昼間にスーツを着てひとりで街を歩く愁を不思議に感じても無理はない。


『色々と細かな雑務があってね。これから人と会う約束なんだ』

「大変ですね……。私に手伝えることがあればいつでも言ってください」

『ありがとう』


 鈴菜の態度を見れば彼女の好意は一目瞭然だった。機会があれば鈴菜の好意を利用する時もあるだろう。

自分に惚れている女を利用することなど愁には雑作もない。


「鈴菜ったらこっちに帰るたびに木崎さんのお話をするんですよぉ。木崎さんが、木崎さんがって耳にタコができるくらい」

「もうお母さん止めてよ。木崎さんお忙しいんだから……」


主婦の世間話に付き合っている時間はない。わざとらしく腕時計に視線を送る愁に気付いた鈴菜が慌ててお喋りな母親の話を止めてくれた。


 鈴菜と母親の視線を背中に受けながら耳に当てたスマートフォン越しに指示を送る。


『裏口を固めておけ。中にいる人間ひとりも逃がすな』


 立川南通りを東に進んだ彼は目印とした銀行の角を曲がり、スナックや風俗の雑居ビルが軒を連ねる路地に入った。

洒落た外観の四階建てのビルを見上げる。ガールズバーとゲイバー、中国人パブの看板が掲げられたこのビル全体がレイヴンの持ち物だ。


先に潜入した部下の情報によればターゲットは全員、店舗のある地上ではなく地下にいる。

足音を立てずに地下への階段を降りた彼は素早く黒の革手袋を嵌める。ジャケットの下に隠し持った銃をホルスターから抜き、銃口にサイレンサーを装着した。

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