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 被害者が性的サービス従事者だったことから、事件を報道したニュース番組のゲストコメンテーターがイギリスに実在した切り裂きジャックの話を番組内で熱弁。


コメンテーターは殺害動機が被害者への怨恨えんこんではなく被害者の職業が動機だとすれば第二、第三の殺人が起きる可能性を示唆。

早急に犯人を逮捕しなければ日本に21世紀の切り裂きジャックが誕生すると持論を述べた。


 その話はSNSを中心に広まった。

ツイッターでは〈#21世紀の切り裂きジャック〉と専用ハッシュタグが作られ、台東区デリヘル嬢殺人事件は人々の興味関心を集めた。


 切り裂きジャックとは1888年にイギリスで起きた売春婦連続殺人事件の犯人の通称。

切り裂きジャックは二十代から四十代の少なくとも五人の女性を残忍に殺害した。犯罪史に名を残したイギリスの未解決事件は今も尚、多くの小説や映画の題材に使用されている。


そして2018年の東京に突如現れた切り裂きジャックは一部の層に異常な人気と支持を誇った。〈21世紀の切り裂きジャック〉の成り済ましSNSアカウントによるイタズラや迷惑行為が横行している。


先週は21世紀の切り裂きジャックのアカウント名で、風俗店勤務の女性を名指しする殺害予告の書き込みをした男が威力業務妨害と脅迫の容疑で逮捕された。


 世間は台東区デリヘル嬢殺人事件に恐怖を抱きながらも、一部の人間は21世紀の切り裂きジャックの誕生を望んでいるように思える。

殺人犯を持てはやし、異質な犯罪に狂喜乱舞する人々が住まうこの街は腐った楽園だ。


「もし台東区の事件と同一犯だとしたらあの事件からちょうど2週間。また人を殺したくなる頃かな」

『ネットで切り裂きジャックなんて名付けられて調子乗ってるかもしれねぇな』


 港区から豊島区へ、サイレンを鳴らして駆け抜ける九条の車を誰もが避けていく。現場に到着した美夜達を待っていたのは巣鴨警察署の刑事達だった。


豊島区の染井よしの桜の里公園は名前の通り周囲を桜の木々が囲っている。見頃を過ぎて青葉が覗くソメイヨシノが冷たい雨に打たれていた。


 公園の入り口には関係者以外立ち入り禁止の黄色いテープが張られ、レインコートを羽織った警官が野次馬を追い払う。巣鴨署の刑事の誘導で美夜と九条は死体発見場所の公衆トイレに向かった。


公衆トイレには扉が三つある。現場は男子トイレと女子トイレに挟まれた多目的トイレ。

死体が運び出された後のトイレの床には白いタイルの表面や溝に生々しい血痕が残されている。


被害者は後頭部をスパナのような固い物で殴られた後、公衆トイレまで連れ込まれたと見られている。園内に被害者を引きずった後や被害者の手や衣服に砂が付着していた。


 巣鴨警察署の捜査員から受け取ったタブレット端末の情報を美夜と九条は閲覧する。表示された死体写真は酷いものだった。

被害者の首を手で絞めて殺害後に上半身の服を脱がせ、裸にした被害者の腹部を十字に切り裂いている。


『手口が台東区と同じだ』

「模倣犯の線もあるけど、台東区の事件では十字型の切り裂きは報道には伏せてるからね」

『後頭部殴打で気絶させ、絞殺してからの腹部の十字傷。ここまでの一致なら模倣犯じゃねぇよ』


美夜は腹部の切り傷の写真を拡大した。

十字の傷は横線は右脇腹から左脇腹へ、縦線は胸下から下腹部まで、一気に裂かれていた。


「切り口が前より大胆になってる。台東区の時は十字傷の周囲に小さな擦過傷があった。まだ犯行に躊躇いが見られたのよ。でも今回は容赦がない」

『ひとり殺して慣れたってことか?』

「慣れもあるし被害者への強い殺意を感じる」


 被害者は前田絵茉、二十歳の大学生。絵茉の自宅は公園の目と鼻の先にあり、帰宅途中に襲われたと考えられる。


絵茉の所持品の情報を得た時に美夜と九条は台東区の殺人事件との関連を確信した。所持品にはデリヘルで使用する名刺が数枚、ブランド物の名刺入れに収まっていた。

台東区の被害者、初瀬明日美もデリヘルの仕事をしていた。絵茉も同様のようだ。


 二人が巣鴨警察署に立ち寄った時、刑事課の応接室から絵茉の両親の怒鳴り声が聞こえた。

漏れ聞こえる声から内容を察すると、絵茉の両親は娘がデリヘルでバイトをしていた事実を知らなかった。


絵茉がそんなアルバイトをするはずない、娘のバイト先は渋谷の洋服屋だと聞いていた、ちゃんと調べろと父親が抗議している。

捜査を進めながら隣室の怒声に聞き耳を立てていた九条は延々と続く支離滅裂な抗議に呆れていた。


 生前の絵茉の行動を探る目的で彼女のスマートフォン内部のデータを調べていたが、デリヘル用とプライベート用の二つあるツイッターの発言からは性に奔放だった絵茉の性格が窺える。


『娘の裏の顔を認めたくないのはわかるけどな。デリヘルのバイトは勤め先に確認済みの事実だ』

「子どもにだって多かれ少なかれ、親の知らない裏の顔はあるものだと思う。親の裏の顔だってそうよ」


親が認めたくなくても絵茉が性的サービスに従事していた事実は消えない。知らなかった娘の実態を突きつけられて動揺する気持ちはわからなくもないが、絵茉の両親の言い様は職業として認められている風俗業を忌み嫌う発言に思えた。

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