一「アメノミナカヌシ」

 古事記では序文のあと、天地創成の神話が始まる。

天地あめつち初めてひらくる時に、高天原たかあまのはらに成りませる神のみなは、天之御中主神あめのみなかぬしのかみ。次に高御産巣日神たかみむすひのかみ。次に神産巣日神かみむすひのかみ三柱みはしらの神は、みな独神ひとりがみと成りして、身を隠したまふ」

 天地が初めて分かれたとき、いきなり天上の世界に現れた神様が「天之御中主神」だった。



 続いて現れた高御産巣日神と神産巣日神とともに、造化三神ぞうかさんしんとも呼ばれるが、記紀ともにそのような記述が本文にはない。

 ただ、古事記序文に「乾坤あめつち初めて分かれて参神みはしらのかみ造化あめはじめり、陰陽めをここに開けて、二霊ふたはしらのかみ羣品よろづおやれり」と記され、造化三神はここから生まれた言葉だろう。



 また、のちに誕生する宇摩志阿斯訶備比古遅神うましあしかびひこぢのかみ天之常立神あめのとこたちのかみを合わせ、「かみくだり五柱いつはしらの神は別天ことあまつ神」とわざわざ注釈を入れ、特別な神であることを古事記では明示している。

 つまり、神名でもわかるとおり天之御中主神は、世界に最初に生まれた最も特別な神であったという。



 しかし、日本書紀本文において、最初に誕生した神は国常立尊くにのとこたちのみことである。

 天之御中主神はというと、別伝に少しだけ記載されているだけだ。

一書あるふみはく、天地初めてわかるるときに、始めてともなりいづる神す。国常立尊とまうす。次に国狭槌尊くにのさつちのみことまた曰はく、高天原に所生れます神の名を、天御中主尊あめのみなかぬしのみことまうす。次に高皇産霊尊たかみむすひのみこと。次に神皇産霊尊かむみむすひのみこと

 最初ではない上に、別天つ神でもなく、この一文のみである。



 古事記でも現れてすぐに「身を隠した」と書かれているため、いったい天之御中主神(天御中主尊)がどういう神なのかは、はっきりとしていない。

 今後も神話や天皇に関わってくることはなく、具体的なエピソードを語られることもなく、表舞台から完全に「身を隠し」ている。

 日本の神話が形成されていく過程で、中国の道教の影響を受け、新しく生み出された神様とされる。

 そのため信仰の対象とはならなかったようで、アメノミナカヌシを祀る古い神社は存在しない。



 しかし近世以降になると、北極星や北斗七星がアメノミナカヌシの名前と重なることから「妙見菩薩みょうけんぼさつ」と習合し、妙見さんと庶民から呼ばれ広く信仰されるようになった。

 各地に三十数社あるとされる妙見社(宮)で祀られ、妙見社のご利益は長寿、息災、招福とされる。

 また、東京都中央区にある水天宮すいてんぐうにも、アメノミナカヌシが祀られ、安産や子育てのご利益があるとされる。

 これは、もともと祀られていた水天が、インドの最高神ヴァルナを起源とする神様だったため、神仏習合の際にアメノミナカヌシと神格が同じであると解釈されたからだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る