病み上がり


そうして僕は、こちら側の世界『第3の世界』に1ヶ月ほど滞在した。


第3の世界はここに住む住人に『ヘブン』と呼ばれているようで、アランが15年前に仕事をしていた『センチュリー』という警察のような機関は解体され、アランもその職を解かれたらしい。


それで。

彼は今、何をしているのかといえば、どうやら人間の世界でいう探偵のようなことをしているようで。


人間界でいう警察には居られなくなったものの、まだ事件解決に執念を燃やしている刑事のごとく、自分が解雇になる原因となった15年前の事件を調べているらしい。


彼の元で働いている魔法使いは2人。

あのNI-WAの案内所にいたアミダとレイという新人の魔法使い。他に、彼を慕って集まった数匹の妖精と精霊。山で運命の出会いをしたという喋る黒猫も戦力になるという。


「…それで?僕にどうしろと?」


「やだなぁ。タクミくんさぁ、僕が早く戻ってこないかなって思ってたでしょ?あんな殺人未遂事件があったわけだし。15年前の爆発事件が絡んでるし」


「それはそうですけど。いくら顔見知りの刑事が担当してるとはいえ、魔法使いの仕業なんですーなんて言ったら頭おかしいと思われて終わりですからね」


こちらの世界に来た時に寝かされていたあのソファーは睡眠教育専用の物だそうで、先ほど撤去された。撤去というか魔法でどこかに消えたんだけどね。


代わりに少し硬い皮張りのソファーが置かれ、僕はそこに腰を下ろして大きく伸びをした。

歩いてみたけどもう頭の中がぐるぐる回ることもなく、問題なく声も出る。


向かい側にも同じつくりのソファーがあり、黒いスーツを着たアランがそんな僕を見て薄ら笑いを浮かべていた。


その隣には、あの暗闇の中僕の手を引いてこちらの世界に連れてきた、新人の魔法使いというレイが手帳を開いて座っている。

僕が寝ている間に「データ」を取っていた妖精さんたちも周りをふわふわ飛んでいて、それがなければちょっとおしゃれな普通の部屋なのだが。


「まぁまぁ。ここ数年で、第3の世界もいろいろ変わってきちゃってね。魔法使いも元は人間だから、考えることは大体同じなんですよ」


「どんなことを考えていらっしゃるのでしょうか?」


僕はアンティークな木製のローテーブルからコーヒーを手に取った。


すかさず一匹の妖精が砂糖の入ったビンのふたを開けて、茶色の角砂糖を運んでくる。彼女?はどうやら僕のことを気に入っているようで、やたらお世話をしてくれる。


「ヘレネは昔からタクミくんのファンだったからねぇ。ずっと会いたがってたし。あー、でも人間と妖精って付き合った前例あったかな?」


アランは腕を組んで真剣に何かを考えている。新人魔法使いのレイは苦笑いをして僕のほうを見た。


まったく話が進まず、どうでもいい話をして時間がすぎる。といっても、この1ヶ月間ほとんど寝たきりだったから、ちゃんと起きて話をするのは初めてだけど。


「それで、僕はどうしてこっちの世界に来たんでしょうか?それに何?もう人間界に出れないの?」


それまで妖精と人間の恋愛関係を真剣に考えていたアランは、腕組みを解いて僕に向き直った。


「僕は確かに、事務所の前で人が刺されて不安になりました。15年前の出来事も、めちゃくちゃ気になりましたが、こっちに来て何か解決するんですかね?」


「わかりません」


「はぁ?」


僕はアランの言葉に拍子を抜かした。


「僕は今、人間界で言うと『執行猶予』中の身なんだよね。15年前の事件で職を解かれてから、結構めんどくさい罪にとわれまして。しばらくの間、人間界に行けなくなっちゃったの。ま、誰に何と言われようと、僕は僕のやりたいことをやるだけですからいいんですけどね」


そう言って、アランもコーヒーをすすった。


「でも、わかりませんていうのは嘘。タクミくんには少しだけこちらの世界で訓練を受けてもらうからね」


「訓練?」


「そう、訓練。ってか、勉強?」


「勉強?」


アランは足を組みなおしてどっしりとソファーに体を預ける。


「話すとややこしくて、タクミ君はかなりびっくりして信じられないかもしれないけどね。今、人間の世界にはタクミ君以外にも、魔力を持ってしまった人間がいるんですよ」


「はぁ」


「それで、僕は彼らをお金で雇っていろいろ調査してもらってるんだけどね」


「それって、NI-WAで働いている人たち?」


「んー、そうだね…NI-WAは人間の世界の会社だね。それで、そこを動かしているのが、魔法使いに理解のある会社とでも言っておこうか。そこと業務提携をしてね、人間界での情報を集めてるんだけど」


「あの案内所にいた人は?」


「アミダでしょ?あれー?睡眠教育あんまりうまくいってないのかな?今の僕の組織についても組み込んでたような…え、入ってないの?」


アランは首を横に振る妖精の姿を見て、残念そうに言った。

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