Ⅴ
第3の世界
「いやー、やっぱり無理があったかな。タクミくん、大丈夫?体動く?」
目が覚めた。
目は開いているけど、ぼやけてよく見えない。僕を上から見下ろしているのはアランだろう。何か失敗でもしたのか、やたら僕の体を心配しているようだ。
体を起こすために、少し動かした腕に力が入らず、だらりと下がる。あの時と同じようにソファーに寝かされているようだ。耐性がついたのか、15年前よりは体の自由がきくようですぐに手先に力が入るようになり、ほどなくソファーから体を起こした。
僕はNI-WAからこの世界に来た。暗闇の中に入り、すべての感覚がなくなった。
純粋な魔法使いなら、何の問題もなく通行口(ゲート)を通って二つの世界を行き来することができる。
でも僕は、何らかの理由で少しだけ魔力を持ってしまった普通の人間。
「人間の世界」と「第3の世界」を仕切っている強力な結界を越えるときに、どうしても体にダメージが残ってしまうようでその対処法は未だ研究中……
って、こんな事がわかるのは気を失っている間に、また睡眠教育をさせられたからだろう。
あの15年前に僕が知った魔法使いの世界とは、ずいぶん情勢が変わったようだ。
「そうなんだよ、タクミくん。話すのが面倒だから、昔より研究が進んだ睡眠教育をやってみたんだけどね。ちょっと容量が多かったみたいでさぁ……具合悪くない?」
具合は悪くないけど、まだ話せない。今、立ち上がってみたけどめまいがしたように世界が揺らぐ。
ま、どうせ僕の思ってる事を読んでるから会話はできるだろうけど。
魔法使いと認められる能力の一つとして上げられているのがこれだ。
相手の思っていることを読み取れる(シャッターを開ける)、自分の思っていることを相手に読み取られない(シャッターを閉める)
前はこんな用語、知らなかった。
通行口の事も『ゲート』なんて、おしゃれな感じの呼び方になってるし。
「まぁまぁ、もう少し様子を見てみよう。特別な許可が降りている今は、人間界で指定した時間に戻ることができるようになったから、どれだけこっちに世界に長居しても問題ないし」
どれだけって、僕はまた長い間寝込んでいたの?
「そうそう。今日で8日目だよ。いやー目が覚めてよかった!こんなに目が覚めなかった人は初めてだからね。あ、ってか人間に睡眠学習かけること自体実験ものだからデータ取ってちょうだい」
また、いい加減な。
アランの周りには、透明な羽根をつけたかわいい妖精が3人。小さい服を着ていて、なかなかいい眺めだ。ソファーに座りなおした僕の周りにふわりと飛んできて、頭に付けた髪飾りを光らせながら飛び回る。
「タクミくん、エロい事考えないでくれる?この子達困ってるよ」
あーあ、全部思っていることは筒抜けか。
ここは僕ら人間にとっては非日常の世界。俗に言う異世界だ。
妖精・魔法使い・モンスター・精霊……人間が本の中や想像でしか思い描かない物が普通に生きている。
「あー、周りがよく見えないんだっけ?メガネしてなかったね」
そう言うと、アランは後ろを向いて何かを探し始める。
僕のメガネか?あれ、結構いい値段したんだけどな。
「そうなんだ。こんなのが人間界では高級品なんだねぇ」
アランは僕の黒縁メガネをふわふわと浮かせながら言った。
「魔法で視力回復してあげようか?」
ふわりとメガネが僕の頭の上に浮かび、静かに目元に降りてきた。
見えたのはアンティークな家具。けっこう僕好みのソファーにランプのような照明。
便利屋のものとは違う、やわらかいソファーに僕は座っていて、昔と何も変わらないアランが横に立っていた。
ま、こんな世界にいるから服装は普通じゃなかったけど。
「服ねぇ。しょうがないじゃん?こっちの世界にいるときはこのマントをつけなくちゃないんだから。まだ最近はマシになったんだよー人間界のスーツみたいなデザインが入ってきたから」
アランは元気そうだ。
僕は話したいことがたくさんあったけど、まだしゃべることができない。
小さな羽をつけた妖精はまだまだ僕の周りを漂っている。
もう少し寝よう。
ソファーに横になると、まるで体を包み込まれているような、気持ちのいい感覚にすぐ意識が遠のく。
「あぁ、タクミ君の周りで起きた事ね。全部知ってるよ。睡眠教育も進化してるからねぇ。あと、便利屋も繁盛してるみたいじゃない。いいメンバーも集まってるみたいだし」
僕は目を閉じて、アランの言葉を聞き流した。
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