ドッペルゲンガー



僕以外にも魔力を持ってしまった人間がいる。


アランはセンチュリーにいた時代から彼らと接触し、独自の組織を作って活動していたという。もちろん、上の許可なしで。


その組織は、人間界で生活している魔法使いの素行調査や、持ち込んではいけない物質の抹消などかなり面倒な仕事をしていたらしい。


アランの言い訳は、僕は人間界担当リーダーだったんだから、それくらいやっていいじゃない、と。いちいち魔法使いを派遣してたんじゃ、コストも時間もハンパなくかかるじゃん、と。

この件も、アランがセンチュリーから外された原因の一つらしい。



「で、まさか僕もその変な組織に入ってなんかしろって?僕は便利屋でいいよ、結構気に入ってるし」


「いやぁ、そうだよねぇ。いいんです、便利屋は便利屋の仕事をしてくれれば。ただ少しだけ、会社のつながりを増やしてくれればいいんです。今回のような、人の血が流れるような事件にバイトのみんなを巻き込みたくはないでしょ?」


「それは困る……みんなはもう家族みたいなものだし」


「だよねぇ。そこで、僕が業務提携している『株式会社ヘブン』という会社はですね、表向きは人材派遣業です」


「派遣?ちゃんとした会社なの?」


「そうそう。だから、ちゃんと社長もいるし、派遣の仕事をするための許可とかももらってる。もちろん人間界でね。それで、今回はどうしても15年前に爆発したビルのゲートが必要だったから、営業にがんばってもらってあの区画を買い取ってNI-WAの運営ができるようになったわけです」


「じゃぁ、あそこで働いている人たちは、何にも知らずに派遣で雇われている人間ってこと?」


「まぁそんな感じ。中に入っているお店はそれぞれ経営者が違うみたいだから、何も知らないだろうね。無事ゲートもつなげられたし、そこはどうでもいいんだ。で、株式会社ヘブンの裏の顔は人間界でよくないことをしている魔法使いの取り締まりで」



ジリジリジリジリ!



突然、古い電話のベルのような音が鳴り、話が中断される。僕が取ります。と、それまで静かに座っていたレイが席を離れた。


レイは部屋の隅にあるドアの前に行き、横に浮き出た半透明な画面に向かって何かを話していた。


「アランさん、ヘブンの方が押収品を持ってこれから来たいと言っていますが」


「アイちゃんかな?ちょうどいいね、タクミくん名刺の用意をしてなさい」


「はぁ」


僕はシャツのポケットにしまいっぱなしだった名刺ケースを取りだした。




「ただいま戻りましたー」


すぐに。

そう言って部屋に入ってきたのは、小柄で黒髪の女性だった。

服装は黒いパンツスーツで、手には光沢のない黒いアタッシュケースを持っている。


僕はその女性の顔を2度見した。


ハルカ……なの?



「アイちゃん。お疲れ様。今日はちょっと先客がいてねぇ。まぁ同じ人間同士、仲良くしてください」


アランが立ち上がって迎え入れた女性は、僕を見て「どうも」と言いながら小さく会釈した。


似ている。ハルカに似ている……アランが「アイちゃん」って言ってたから多分別人だろうけど……


アランが事務所と言い張るこの部屋はいたってシンプルで、入口のドア以外の壁は腰ほどまでの背の低い本棚が並んでいた。


必要になれば本棚の上にディスプレイが出現し、よくわからない通信が始まる。


ハルカにそっくりな株式会社ヘブンの社員は、普通に入口のドアから入ってきた。


アラン曰く、ヘブンの社員は結界に対する耐性ができているらしく、僕のように気を失うことはないらしい。

彼女が持ち帰ったアタッシュケースの中身を本棚の上で調べているのは、白衣を着た背の低い老人だ。


老人といっても、耳が普通の人間のものとは違う。頭の上の方まで鋭く突き出た、

ゲームに出てくる頭のいい小人って感じ。人間界ではドワーフと呼ばれたりしている。もちろん物語の中とかで。

いつの間にか妖精が数匹集まり、アタッシュケースの中から出てきた古い本の上を飛んでいた。


「サトウ便利店ってさぁ、よくうちのアパートにもチラシ入ってるけど…こんなイケメンのおにーさんがやってたんすか」


僕は入口から入ってきたヘブンの社員と名刺を交換し、またソファーに座る。


「まぁ、手当たりしだいポスティングさせてるんで。迷惑だったらすみません」


「じゃぁうちのアパートにはもう入れなくていいっすよ」


「はぁ」



名刺には

株式会社ヘブン

営業課長 山下アイリ と。


背は150㎝あるかないかというところか。

ほぼすっぴんだがきれいな顔立ちで、胸のあたりまで伸びた長い黒髪がとてもおとなしそうな印象を与えてきたがそれは間違いのようで、かなり口調の荒い攻撃的な性格のようだ。



「それと。ハルカってのはあたしの双子の妹の事ですかね?」


「えぇっ!?なんでそんなことが……」


「ごめんね、タクミくん。アイちゃんはシャッターが使えるから、今の君の気持ちを読んじゃったわけ」

 

僕は状況がわからずに、アランと山下アイリの顔を交互に見た。


「めんどくさいっすねぇ。ハルカって佐々木ハルカの事?苗字は違うけど双子の妹っすよ」


「双子だったの?一人っ子って言ってたのに……」


「って!ハルカの知り合いなんすか?!今、あいつはどこにいるか知ってます?!」


「いやーもう15年くらい前に別れてから連絡とってないし……」


目を見開いた山下アイリが切羽詰った表情で僕に何かを言おうとした。


その瞬間。

アランが割って入ってくる。


「まぁまぁ。アイちゃん、妹さんの件は別で調べてるから。タクミくんもびっくりしてるみたいだし。この件はこれで終わりね」


止められた山下アイリがチッと小さく舌打ちをした。


「で、アランさん。あたしあっちの世界で普通の仕事がたまってるんで油売ってるヒマないんすよ。しばらくこっちの仕事休んでいいっすか」


「いやー、この魔術書が本物だったらいいんだけどさ。また違うやつだったら探してもらうからね。もちろんちゃんと時間は戻すからさぁ。お願いしますよ」


アランは柄にもなく、山下アイリにかわいい表情を見せる。

彼女は一言「キモいっすよ」と言って、それを受け流した。


「今回の相手、けっこう頭キレるやつなんすよー。また同じ魔術書探しだったら、もう一人用意してください。ちゃんと魔法が使える奴でおねがいします」


「了解、りょーかい。コーヒー飲んでかない?」


「だから、忙しいって言ったじゃないですか!早く飛ばしてください!」


言葉を荒げた山下アイリにびっくりしたのか、周りを飛んでいた妖精たちが一斉に僕の後ろに隠れた。


「あーあー悪かったよ。お前らのコーヒーは次に来た時に飲むから」


お前らのコーヒー?


「ここのコーヒーはヘレネたち妖精が焙煎してるやつなのよ」


僕の心を読んだアランがそう言った。

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