ⅤⅠ

山下アイリの仕事




アイリはそれまで着ていたフリルの付いた黒いドレスを脱ぎ捨て、中に着ていたスパイウエアになった。



黒くて収縮性のある革のような不思議な素材。

あの魔法使いが着て行けと言った物だから、きっと普通ではない素材なのだろう。

まぁ、今までの任務でこれといった効力を発揮したこともないが。

そんなことを考えながら、装備を確認していく。元々身体能力の高いアイリに、怪我など無縁なものだ。


「何の任務かと聞けば、コスプレ好きのお見合いパーティーだと」


アイリはつけていたウイッグを外してダルそうに肩を揉んだ。


「なんであたしがこんな恰好までしなきゃなんねーんだ」


ぶつぶつと独り言をいいながら、ウエアの内ポケットに入れていたスマホを取り出し、パーティー会場となったこの施設の見取り図を確認する。


太ももには銃が仕込まれ、肩から腰のあたりには様々な小道具が仕込まれたベルトがついている。そこからペンライトを取り出してスイッチを入れる。


普段ほとんどメイクをしないアイリだが、今日はとあるアニメのダークな少女のコスプレをする羽目になり、恐ろしくファンデーションを塗られて、まぶたが重くなるつけまつげを付けられた。


まばたきをするたびに自分のまつ毛がちらちらと影になって映り込み、イラついたアイリは空いた方の手で「つけまつげ」を引きはがす。


「痛ってーな、もう!」


スマホを内ポケットにしまって、ペンライトであたりを照らすがただの暗闇だった。

チッと舌打ちをすると、アイリはあるものを探して行動し始めた。


『田舎のおいしい空気を吸いに行きませんか?』


このお見合いパーティーのサブタイトル通り、都会から離れた田舎の田んぼしかない集落にこの会場はあった。昔は城下町として栄えた時期もあったらしいが、今は見る影もない。

栄えていた当時に建てられたらしいゴシック風の建物や、廃墟とまではいかないが、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している使われなくなった旅館などが点在しているこの集落は、最近はフォトスポットとして使われることが多くなった。


参加者は女性と男性に分けられて都会の駅に集合。

その後、大型のバスに乗り込み簡単な説明を受けてから移動した。


このビジネスを始めた業者が、現地に更衣室やメイクスペースを用意しているようで、そこで着替えなどを行う。そのため集合時間が早朝だが、設備も整っているし女性は破格で参加ができると話題のお見合いパーティーだった。


移動時間は約1時間半。


その間、コスプレという共通の趣味でつながれた女たちは大体仲良くなり、今日の成功をお互いに願いあう。

アイリはなるべくそのマニアックな会話に巻き込まれないように、人と距離を置いて座席に座った。


そうして会場に着くと、辺りは本当に何もない。


コンビニすら数十キロ走らないとない田舎だった。

道もコンクリートではない。都会から数時間の所に、よくこんな集落が残っているものだと感心するくらいだった。


今回の会場は、この集落の中でも一番人気の結婚式場だった。結婚式場と言っても今は使われてはおらず、ほとんど廃墟と化している。

ただ、外からも見える螺旋階段や鉄製の柵、重厚な建物はみごとで、2次元の世界を表すにはうってつけの場所だ。


ただ、こういった建物以外は何もない。

民家などの人が住んでいた形跡はないが、舗装のしていない土地にこういった建物が点在していて、それ以外は田園が広がるという少し不自然な地域…魔法使いが何か勝手な事をしていないかの御用改めである。


バスから降りると、昔実家で嗅いだような、畑の中にいるような匂いがした。

他の参加者は空気がおいしいと言っていたが、この匂いはアイリにとっていい匂いではなかった。


あらためて受付を済ませ、更衣室で持ってきた衣装に着替える。

建物自体はかなり古く、中をリフォームして会場としているらしい。

重要文化財になる可能性もあるという事でセキュリティも厳しく、普段は立ち入る事ができない施設となっていた。

他の調査員が何度か試みたようだが、夜中にこっそりと侵入もできず、止む追えず客として参加をして、どこか入り込める場所を探すのが今回の目的の一つだった。


すでに男性の参加者が到着し、会場となる披露宴をしていたであろう広い会場はにぎわっていた。


参加条件がコスプレをしての参加というだけあり、女性も男性もアニメのキャラクターに扮している人が多い。

奥のスペースはステージのようになっていて、司会者用なのかスタンドマイクが設置されていた。



女性参加者が全員会場内に入ると、徐々に照明が落とされて、天井の高い会場内は薄暗くなる。

辺りがざわつき出したところでお決まりの「レディースアンドジェントルマン!」という、ウェルカムスピーチが始まった。

どこから照明の操作をしているのか、スポットライトで照らされた先には不気味なメイクのピエロがマイクスタンドを使って流暢に話をしていた。


ピエロのおかしなイントネーションのスピーチ、いつの間にかあらわれた仮面をしたウェイター、どこからともなく現れたゴージャスなシャンデリア。


いくつかの不思議な演出が、参加者たちの気分を高揚させていく。

アイリはここで、魔法使いが絡んでいると感じた。


これという証拠はないが、今までの経験上そう感じる。あの魔法使いと同じ感じが、ここにもある。



ピエロの話によると、これから2時間の立食パーティーが始まるらしい。

その間に交流を深めて気に入った相手を見つけてください、との事。

この部屋以外での撮影会は、その後にさらに延長料金のようなものを支払ってする事ができるらしいから、タイムリミットは日没まで。


アイリは言い寄ってくる男女を適当にかわし、トイレがあるという扉に向かった。



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非日常の物語。 サトウアイ @iaadonust

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