悪夢への入り口
心なしか業務報告をするノゾミの視線が冷たい。
「いやぁ、今日も無事に終わってよかった。ノゾミちゃん、明日から連休だよね?」
「そうですけど。何か御用はありますか?なければこのまま失礼します」
「あー、えぇと、帰りに、そこのゴミを出して行ってくれると助かるなぁ」
「そのつもりでしたから。くれぐれも危ないことに首を突っ込まないようにお願いします」
そう言いながらノゾミはノートパソコンを閉じた。
「ノゾミさん、旅行?お土産楽しみにしてるから」
ツカサがそう言うと、はいはい。と、面倒くさそうに返事を返してデスク周りを片付け始めるノゾミ。
年齢は僕の4つ下だから、ケイと一緒か。有名な会社の社長秘書をしていただけあり、仕事はすべての面で完璧だ。
メガネを取ってもう少し愛想を良くすれば、見た目も中身も美人なのにと便利屋の男たちは思っていたが、このご時世セクハラになるため口には出さない。
ツカサには加藤の仕事関係をわかる範囲で調べてもらう事にした。母親が代表を務めるグループ会社は水商売に限られるが、けっこういい情報が手に入る。
カサイさんが洗い物を終えて帰った後、僕は事務所の電話番をケイに任せてシンヤと外に出た。
「あの爆発のあった日に飲み屋の前で会った人だろ?その魔法使いって」
「そうそう。ツカサと話し込んでた人だよ。よく覚えてるね」
ひんやりとした夜の風が心地いい。
僕とケイは、昨夜血だらけの人間を背負って歩いた細い道を抜けて、アーケード街を歩いていた。
「オレ、あの人が名刺交換を初めてした人だからさぁ」
よく覚えてるんだよ。信じられないけどね、魔法なんて。と、シンヤは言った。
確かに。
僕は、あれは夢なんじゃないかと思う反面、あれがなけれは今の僕は存在しない。
あれに遭遇しなければ、僕はいまだに引きこもりの生活だったかもしれない。
そう思うと、これが現実であってほしいと、強く思う。
僕たちは15年前にあの爆発が起きた飲み屋街に向かっていた。
爆発が起きた一階にガールズバーの入ったビルは今はもうない。
都市開発の一環で、飲み屋街はリニューアルされて小洒落たモールのようになっていた。屋根のついたアーケード街とは別に名前が付けられて、新しい飲食店街になっている。便利屋からは10分とかからない。
あのビルのあった辺りは、その飲食店街の入口になっていて、きれいなイルミネーションで飾られた門となっている。そこをくぐれば公園のようなスペースが現れた。
人工的に作られた緑だったが、都会の中のオアシス的存在を目指しているようで悪くはない。
テーブルとイスもいい感じに置かれていて、夏はビアガーデンになったりする。
ベンチや喫煙スペースを抜けると、ラーメン店や寿司屋があり奥に行くにつれて飲み屋やバーが増え始める。
夜でも人通りの多い飲食店街に着いた僕らは公園スペースのベンチに座って一服した。
「いやぁ、実はさ、こうなってから来るの初めてなんだよね」
「マジで…何年前にここ改装されたと思ってんの?あー……おまえ、夜は店番してるからなぁ」
「そう。テレビ見ながらビール飲んでるから。久しぶりに、外で飲んでみようかと思って」
「本当は飲んでなんていられないって思ってんだろ?さっきノゾミちゃんに危ないことに首を突っ込むなって言われたばっかりなんだから、警察に任せた方がいいんじゃない?」
シンヤは僕の胸中を察して、話を反らそうとフリーペーパーのラックからチラシを持ち出してどの店に入るか探し始めた。
「やっぱり」
「はぁ?」
「魔法使いが働いてるよ」
「はぁ?」
僕が顔を向けた先には、この飲食店街『NI-WA』(にわ)のインフォメーションセンターがあった。
一見、風俗の紹介所のようにも見えるが…インフォメーションセンターの奥の方は、
広い敷地を管理する掃除のおばちゃんや警備員が控えている部屋のようだ。
ちょうど今は交代の時間のようで、紺色の警察の服のような警備員のユニフォームを身に着けたおじさんが出入りしている。
入ってすぐの外からでも見えるフロントに、彼は立っていた。
「アランの部下だ。名前は……何だっけなぁ。とにかく、あの人がいるってことはやっぱり何か起きてるみたい」
「あの蝶ネクタイのおじさんか?……って、行くの?人違いだったらどうすんだよ」
僕は吸いかけのタバコを灰皿に押し付けると、シンヤの言葉をほぼ無視してインフォメーションセンターに向かった。
おい!
と、声を荒げるシンヤに、僕は下見をするだけだからと言ってそのまま進む。
インフォメーションセンターは、公園風の景観を崩さないように白い壁で作られていた。
さっきベンチで見たNI-WAのパンフレットには「おしゃれなロンドンの下町をイメージしました」と書かれていたが。
まぁ、街灯とか、レンガっぽいタイルとか?ロンドンの下町なんてよくわからないけど、とにかくおしゃれな感じにはできている。
正面の入口はガラス張りの自動ドアで、喫茶店の表に出ているような黒い黒板のイーゼルに、今日のイベントやお勧めの店がチョークできれいに書かれていた。
ガラス越しにアランの部下と目が合う。
彼は僕に気づいたか気づいていないのか。
業務の一環なのか、フロントの中から深々とお辞儀をして、入ってこいとでも言うようにこちらに向かって手を差し伸べた。
「あいつ、どうゆうつもりなんだ?」
後ろから走ってきたシンヤが言う。
「たぶん、来いって事だろうよ」
僕はそのままインフォメーションセンターの自動ドアに向かう。
ガラスのドアが静かに開いて僕とシンヤは中に入った。
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