ⅠⅤ
開かずの扉
兄から紹介されて事務所に来るはずだった依頼人。
血を流して倒れていた彼が握りしめていたのは
15年前に起きたあの出来事の記事だった。
「3日後に目、覚めたんすか?一瞬も起きなかったの?おしっこは?」
ケイはいちいちオーバーリアクション。反応が良すぎる。
僕が魔法と言ったら、マジすか!と奇声をあげるし、時間が戻った話もめちゃくちゃ驚いていたし。
僕ってそんなに話がうまいのかな、ってか、ちゃんと信じてくれるんだ、ケイも。
僕は、3日3晩寝ている間に魔法使いの世界では最新といわれる「睡眠教育」を受けさせられていた。
僕が寝たいと言ったのをいいことに、アランが勝手に仕込んだのだ。
この勉強方法は高度な魔法使いしか術を発動できないらしく、まだまだ研究途中らしい。
それを後で聞いた僕は失敗したらどうするんだと問い詰めると、失敗してもただ眠り続けるだけだからとアランは笑っていたが。
目覚めてよかった。
おかげで、ただ寝ていただけだったのに魔法使いの世界の事がしっかりわかった。
僕が勉強したのは魔法史、近代の魔法使い情勢、その他いろいろ。
人間の世界より、魔法使いの世界の一般常識やマナーの方が詳しくなってしまった。
「そうやってこの店できたんだー。急にこんな場所借りて、仕事内容も変わったから何があったのかって思ってたけど。てか、今アランって人は?」
「そう。アランはあの後すぐにあっちの世界に帰ってるからもうずいぶん会ってないよ。てか、あれが現実だったのかって感じじゃない?僕はその時、頭おかしくなってたんじゃないかって」
「たしかに。タクミさんの過去は辛いことがたくさんありそうだし。ま、オレ程じゃないけど」
「いやーだからってさぁ…でも、こうやってあの時の記事が出てきたからには現実か。結局、敵対してたグループも見つけられなかったし」
「じゃあヤバいじゃないですか。まだこの辺にいるかもしれないし。しかもこの記事持ってた人、刺されてるし」
「そうだよねー。でも、アランはもう奴らの気配がないから、あっちの世界でつながってるグループをまず潰すって。だから帰ったんだよ」
僕は通行口のドアがある部屋の隅を見ながら言った。今はドアの前に、便利屋の備品棚が置かれている。
「必要になったら帰ってくるってさ」
早く帰ってこいよ。僕はそう思った。
なんとなくってか絶対、あの爆発と関係がある。
きっとそのうち、もっと大変なことが起こる。そんな気がしてしょうがなかった。
暗かった外はもう明るい。僕の昔話を聞いたケイは、昼の仕事があるからとりあえず寝ますと言って僕の寝床がある上の階にあがっていった。
僕は便利屋の主要メンバーに、夜に会議をするから必ず集合するようにメッセージを送ると便利屋の電話を留守電にする。
朝方の依頼はめったにないから僕はいつもこうして、ソファーで仮眠をとって昼間のバイトが来たら上にあがってしっかり寝る。
で、起きたらまた便利屋へ。
そんな平凡な生活が毎日続いていた。
その日の夜8時。
サトウ便利店は店で事務作業をするスタッフの他に、たくさんの登録アルバイトで成り立っている。
登録アルバイトには、自分の空いている日時をあらかじめ報告させるようにしていて、仕事の依頼があったらその中からいけそうな人をピックアップして仕事をしてもらう。派遣の仕事のようなものだ。
結局、仕事の依頼が急なものやかなりデリケートな問題だったりすると、アルバイトには任せられないから僕や今日集まってもらった信頼できるメンバーに頼むようになる。
ってか、大体このメンバーで仕事を回しているようなものだ。
応接ソファーには兄のツカサとシンヤが肩を並べて座り、向かい側にケイ、その隣には小柄な女の子が座っている。
ツカサは出勤前のようで、もう完璧に髪を盛って光沢のある銀色っぽいスーツを着ていた。
ツカサは夜の世界に足を踏み入れてもう十数年。母親の店で働く下っ端のボーイからホストとして店に出るようになり、今は母と一緒にグループ会社の経営をしている。
流行りの髪型に高そうな時計。相変わらず稼ぎまくり、モテまくっているようで。
隣に座るシンヤは、学生のころからバイトをしていたアパレルショップの2号店の店長になり雑誌に載ることもしばしば。
この二人が並ぶとかなり派手だ。
向かい合わせにされた事務デスクに座っているのは、この便利屋の事務とかよくわからない税金の支払いとかを全部やってくれている、いかにも事務してますって見た目の女性。
もう一人の事務のおばちゃんは、給湯器の前で人数分のコーヒーを淹れていた。
僕は偉そうに窓際のデスクに座っていて「それじゃあ始めようか」と、会議の開始を告げる。
サトウ便利店の定例会議は月に一回だ。今月は先週開いたばっかりだけど、きのうの事件をきちんとみんなに話しておいた方がいいと思って。
「ええと、きのうの夜なんだけど。店の前で人が刺された」
はぁ?と、声を上げたのはツカサとシンヤ。
「新聞に小さく載ってるから、読んでおいてね」
僕はデスクから立ち上がり、テレビの上に置かれていた新聞をツカサに渡す。
ツカサはそれを受け取ってシンヤに渡すと、自分のカバンからタブレットを取り出して何かを調べ始めた。
「それでその刺された人はどうなったの?」
事務のおばちゃんカサイさんが言った。
「それがね、 まだ意識が戻らないみたい。死んでなくてよかったよ。ツカサが紹介してきた依頼人なんだ。多分」
「えっ!加藤さんなの?美容師の?本当に刺されたのかよ?!何でだよ?」
「僕もまだよくわからないんだけど。ツカサとシンヤには昔話したことあると思うけど、あの魔法使いの話」
「魔法って言いました?」
事務のノゾミが言った。僕はきのうケイに話した内容をもう一度話す。めちゃくちゃ簡単にだけど。
「そういえばそんな事もあったな」
「でも私は信じられません。あのドアが異世界につながってるなんて。それにそんな魔法なんてあるわけがないです」
「相変わらず現実主義だなお前は」
その言葉を皮切りに、いつものノゾミとツカサの言い争いが始まる。
僕は、言い合う二人をよけて残ったメンバーに話し始めた。
「ま、信じる信じないはみんなの勝手だけどね。でも加藤さんがこの記事を持ってたのは事実だから、ちょっと関係とかを調べたいんだよ」
「そんなの警察に任せた方がいいんじゃねーか?」
「いやー、絶対信じてくれないですよ、あの刑事。タクミさんの知り合いなんですけどホント嫌な感じなんですよ」
そこで、ケイはきのうのリョウタの悪口をシンヤに話し始める。僕はメガネを外して、小さくため息をついた。
「そんな事件があったなら早めに言ってくれればよかったのに」
「すみません。カサイさんたちが出勤して来たら起きて言おうと思ったんですけど、
目覚ましいつもの時間にしかセットしてなくて」
僕のデスクの前にはケイの隣に座っていた女の子とカサイさんが。
会議の終わりは大体こうなる。
「あの、私は何をすればいいですか?この加藤って人、有名な人ですよね?」
「そうだねーユウちゃんは他のバイトと学校で忙しいでしょ?とりあえず通常業務で。今週はいつもの家の掃除があるからまた別で詳細を送るよ」
わかりました!と、ユウは元気に返事をした。
ユウは22歳。
夜間の専門学校に通いながらバイトをいくつも掛け持ちしている。童顔で、10代に間違えられることも多い。そんな見た目が、この仕事ではかなり役に立つこともある。
「そういえば、ユウちゃんって美容学校に行ってるんだっけ?!」
帰り支度をして、便利屋を出ようとドアに向かうユウに僕は言った。みんなの話が止まり、視線がユウに向けられる。
「そんな見ないでください。美容学校ですよ。加藤タケシさんは講演会で一度だけ見たことがあるので…」
おとなしいユウが顔を赤くしながら言った。
「だからって、加藤さんのこと調べさせるのは危なすぎるだろ。俺が髪やってもらってる人づたいに何か聞いとくから!じゃ、解散!」
ツカサの解散の言葉で、みんなが帰り支度を始めた。
ユウはお疲れ様でしたーとそそくさと店を出ていく。
ノゾミはまだグダグダ言っているツカサを無視して、僕に昼間の業務報告をし始める。
カサイさんはケイと一緒にコーヒーカップの片づけで、
シンヤはタバコを吸いながら新聞を読みふけっている。
なんてバラバラな、まとまりのない会社なんだろう。
僕はまた、ため息をついた。
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