魔法使いの空気




魔法使いたちが会話をしている間も、開けろという罵声とドアを激しく叩く音はやまない。


「アラン、どうする。この場所がバレているなら今逃げても無駄だ。最小限に抑えるからその子をどうにかしろ」


ドンドン!


「最小限に抑えるってねぇ。君たちが暴れると、ろくなことがないじゃない?てか、なんでバレたんだろ?」


開けろって!聞こえねぇのかよぉぉぉぉ!

ガチャガチャ


「そんなの後で調べるから!どうすんの?逃げるのか?やるのか!?」


ドンドン!

開けろー


「開けてあげよう。何を持ってるか見てみたいしね」


そう言うとアランは背伸びをしながら、ドンドンとうるさいドアに近づいていく。

アランの代わりに、黒髪の男アミダが僕の腕をつかんだ。


「私は戦闘タイプではないので、危なくなったらすぐ逃げますから。魔法を使う許可も下りていますのでご安心ください。私が触れていないと一緒に行けませんから、くれぐれもこの腕を離さないでくださいね」


僕は無言でうなづく。


こんな緊迫しているのに、ずいぶん落ち着いた口調で相変わらずわかりやすい説明だ。 

アランの後ろには、いつの間にか杖を手に持ったジルとジュンが立っている。

杖というか、ジルのは明らかに槍っぽく先が鋭利な杖だったが。


って、おおぉ!なに?これ…現実?


「あの杖は彼しか使いこなせません。ジルはああ見えて、センチュリーで2番目に強い舞踏家ですから。ジュンは口は悪いですけどいい人ですよ」


……この人は僕の心が読めるのか?


「そうなんです。魔法使いになれる第一の条件は人の心が読めること。その他センチュリーに属するものは全員、何かに特化した能力を持ち合わせておりまして。私はアミダと申します。きっとこれから、よく顔を合わせることになりますのでお見知り置きを」


アミダは丁寧にお辞儀をした。もちろん僕の腕をつかんだまま。


「挨拶は済んだようだね。そうゆうことだから、タクミ君。これから危ないことが起こるかもしれないから気を付けてね」


そうゆうことだからって。ぜんぜん話が違うんですけど。そう言いたかったけど。


部屋の空気が重たくなって、緊張感も増して。息をするのも苦しいくらい。

それでも僕は、目の前で起こる事への期待が膨らんでいった。こんなに興奮しているのはいつぶりだろう。


ゆっくりと扉に向かうアランの髪の毛は、風が吹いていないのにゆらゆらとなびいている。

アランの体から何かが出ているのか、アランの周りだけ風が吹いているのか。


白い手袋がドアノブにかかる。


「そう大きな声を出さないでください。今開けますから。危ない事はなしで、話し合いましょう、ね?」


ドアの外にいる者を諭すようにアランは声をかけるが、ドンドンとドアをたたく音と罵声にかき消されて聞こえているのかいないのか。

まだ声がやまないから多分聞こえていないだろうけど。


「開けるよ」


小さいはずの声なのに、鋭くどすの利いたアランの声が響いた。


そこで魔法が使われたのか、僕にはわからなかったけど。

アランがドアノブに手を近づけた瞬間

バン!

という音と一緒にドアが開いて、銃を持った男が飛び込んできた。


上下が灰色のスウェットにスニーカー。茶髪の若い男だ。

彼のもう片方の手には、サラリーマンが持つような、今の恰好には似合わない鞄を持っている。

ジュラルミンケースってやつ?黒い光沢のある素材でできていて、取っ手の両隣りには金具がついていて。

ドラマでは開けると札束がぎっしり入っているような、あの鞄だ。


一瞬だったけど、時が止まったように静かになって、男の荒い息遣いがとても大きく聞こえた。



軽快なフットワークでドアと男をかわしたアランは、片手を男に向けながら話し始める。


「物騒なものは使わないでください。後ろに杖を構えている者がいますが危害は加えません」


男は何も言わずに鞄と銃を持った両手をだらんと下げたまま。

じりじりとアランの方に向かってきた。

目を大きく見開き、よほど叫んだのか口から涎を垂らしながら。ぎょろぎょろと辺りを見回すその瞳の焦点が定まっていない。

あきらかにおかしい。


「動くな!」


ジルは杖の向きを変えて男に警告した。

それでも男は一歩一歩前に進む。


また無音の時間が流れた。


男が足を前に出すたびに、僕をつかんでいるアミダの手に力が入る。


男は部屋の中央近くまで来たところでやっと口を開いた。


「今日中にここに届けろという命令だ。あとは何も知らない。奴らは俺を監視しているし、もし俺が逃げ出せば……呪いで殺すと言っていた」


「確かに。あなたは呪われているようですね」


「何なんだよ!俺が何したっていうんだよ!」


男は乱暴に鞄を床にたたきつけた。


「この鞄を、部屋の中に入れて開けなくちゃないんだよ。中には何も入ってない。人間には見えないものが入ってるって。これも、この鞄を開けないと俺は呪いで死ぬんだってさ」


「開けちゃだめ」


「開けないと死ぬんだよ!」


「開けたらどうなるか、その後は聞いていますか?」


「知らねぇよそんなの!」


男はしゃがみこんで金具に手をかけた。


「あー、待って!あなたの呪いを解いてからじゃないと!」


「ダメだ!この呪いを解いたら、あいつらとの契約がチャラになる」


契約って?


僕はアミダに聞こうとしたが、彼は何かを探っているようで、口元で何かを唱えながら眉間にしわを寄せて、しっかりと目をつぶっていた。


「冷静に話をしましょう。あなたが契約をしたという魔法使いたちは、我々の世界では悪い事をしている者たちなんですよ。その、鞄のオーラで誰かはわかりました。あなたはそのかばんを開けても、死にます」


「もう誰も信じられるかよ。もう疲れたんだ。これを開けて終わらせるんだよ」


アランの言葉を無視して、男はもう片方の金具も外してしまう。


「逃げろ!」


その時。

動いたのはジルだったから、多分ジルが言ったんだろう。


逃げろという声とほぼ一緒に鞄が開けられた。



僕がその日最後に見たのは、開けられた鞄から出た黒い霧のようなもの。


はじめは黒い塊がポンと出てきたと思ったら、次の瞬間には部屋中が薄い灰色の空間になっていた。




そこから僕の記憶はなくて、気が付くとサトウ便利店のソファーに横になっていた。


「タクミ君、ごめん」


声のした方に首を傾けると、向かいのソファーにアランが座っている。


「ごめんじゃないですよ…どうなったんですか?」


ソファーから体を起こすとあちこちが痛い。


「ごめんねー、体痛いでしょ?あの部屋に魔力が充満しちゃったし、やっぱりまだ移動は無理だったみたい」


「はぁ?」


「わかりやすく言うとね、通行口の開通は失敗。あの人間が持ってきた鞄から色々出てきて、タクミ君とアミダが逃げた後に、処理しようとしたんだけど変な呪いかかってて爆発しちゃった」


「爆発したんですか?」


「そう。もうあのビル半分ないよ。今日の新聞とかにたくさん出てる」


アランは立ち上がると、窓際にあるデスクから新聞を持ってきた。


彼はいつの間にかタバコをくわえていて、そのタバコに勝手に火がついた。


「爆発事故…って。やばいじゃん、これ!みんな大丈夫なの?」


「このタバコ、魔法使いの世界のよりおいしい!あっちの世界では吸わないんだけどね。みんな無事だよ。アミダは報告しに戻ってるし、ジュンとジルは情報集めに行ってる」


「これが内部抗争ってやつ?魔法の力は十分わかったから、人間に迷惑かけないでほしいんだけど。これ、あの男の人じゃないですか」


「そうですね。本当に申し訳ない」


よほど悔しいらしく、僕に頭を下げたアランの両手は血管が浮き出るほど強く握られていた。


『繁華街で爆発』


新聞には、あの鞄を運んできた男の他に2人の男の顔写真が出ていた。


新聞によると、あの男はかなりの借金があってヤミ金にも手を出していたようで。

警察は男が金を借りていたヤミ金会社と、暴力団との関係を調べているという。


それと一緒に、ビルの上から半分がきれいになくなった写真も載っていた。


これほどの爆発なのに他の建物に被害がなかったのは奇跡

吹き飛んだ部分のガレキはいったいどこに行ったのか

というような、各専門家からの見解が書かれていたが、今までにないケースで謎は深まるばかりと締めくくられている。 


「これからどうするんですか?」


ソファーでうなだれているアランに僕は声をかけた。


「どうって、ねぇ。また地道に奴らを探すし、開通口の立ち会いもするし」


「僕も何かしますか?」


アランはうつむいていた顔を上げた。今日初めて見る笑顔だった。


「やる気になったんだね、タクミ君。じゃあもっと魔法の勉強しなくちゃね」


「その前に、もう少しゆっくり寝かせてください。体が痛い」


そうして僕は、アランが寝泊りをしているという2階に案内されて、フカフカのベッドに横になった。




目が覚めたのは3日後だった。

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