忍び寄る力



「抗争って?」


「だから、人間の世界でもよからぬことをしようとする魔法使いがいるってこと。それで、僕はその集団を追いかけている組織の魔法使いなんだけど……」


階段はもうない。


ビルの屋上は、非常階段と同じような鉄の柵で囲われていて、コンクリートでできたビルへの入り口が目の前に現れた。

このビルは周りの建物より背が高いようで、遠くまでよく見える。青い空も気持ちがよかった。


最上階までのぼって息の上がっている僕を無視して、南京錠のかかった扉にアランは手をかけた。


 カランカラン


南京錠は音を立てて下に落ちた。


「これ、やっていいの?不法侵入じゃない?」


「ま、これくらいなら入った後にまたかけ直せばいいじゃない」


アランはそう言って重そうな扉を開けた。やっていい事と悪い事の境目が分からない。まだ僕は息が整わないのに、アランは涼しい顔をして開けたドアの中からこちらを見ていた。


彼の体の間から中を覗くと、そこは普通の廊下。ちょっと汚いだけで、電気もついている。


「さ、入って。ここからは静かにね」


僕が中に入った後、扉を閉めたアランがドアノブに触ると、カチャカチャと音がした。どうやらこれで鍵がかかったらしい。


廊下には黄色いビールケースが僕の肩の高さまで積まれていた。

そのせいで妙な圧迫感がある。廊下はまっすぐ前に伸びていて、突き当りの奥はエレベーターホールになっているようだ。


廊下に扉のようなものはなく、アランはエレベーターの方に向かって歩き始めた。

エレベーターホールは薄汚れていて、2台並んだエレベーターの扉の前にはそれぞれ茶色と黒のマットが敷かれていた。

この階に止まることはないのか、エレベーターを呼ぶ三角のボタンの電気が消えている。


2台のエレベーターの間には灰皿が一つ。中にはゴミも吸殻も入っていない。

ホコリのたまり具合から、しばらくここに人は来ていないなと指のホコリを払いながら思った。


左は壁になっていて、避難経路が描かれているビルの見取り図のような看板が取り付けられていた。その図によるとこのビルはL字型になっているようで、エレベーターの右側には長い廊下があるようだ。


エレベーターホールのすぐそばにあるのは和風の引き戸。居酒屋でもやっていたのか

汚いガラスの奥には暖簾のようなものが見える。


「タクミ君」


小声で僕を呼ぶ声の方を向くと、アランが長い廊下の一番奥にある扉の中から僕を手招きしていた。


いつの間に入ったんだよ…僕は汚れた居酒屋の入り口を横目に同じ廊下にある扉に進んだ。


「はやく中に。みんな来てるから」


「みんなって?」


僕の質問には人差し指を口元にあてて答えてくれない。

彼はいつの間にか、白い手袋をつけていた。

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