同じ時間をもう一度


「おい!いつまで寝てんだよ、早く起きて洗濯しろよ」


「…ん?」



兄の声で目が覚めた。


兄の声?


くるまっていたタオルケットをはぎ取られ、脱ぎ散らかしたスウェットを投げつけられる。



ここは僕の部屋。


僕はソファーから起き上がり、テーブルの上のケータイを開いた。



ってか

さっきまで…



「何やってんだよ、まだ寝足りないの?もうすぐ昼だよ?」


兄は朝と同じ服。

手には菜箸が握られていて、魚を焼いているようだ。




その後は、今朝と全く同じことが起こった。


朝ごはんのメニューも、サイトを作り直すってこともシンヤからの電話も。

これはいったい何?デジャヴってやつ?


道で兄と話している女の話す内容もさっきと同じ。僕は逃げるようにその場を離れてあの広場に向かった。

あそこに行けばたぶんわかる。





僕はそうしてビルの前にやってきた。


ビルのドアを開けるとさっきと同じ風景が目に入る。

薄暗いビルの中はさっきと同じ。


違うのは、広場に着いた時だけだった。


あの窓のブラインドは下りたままで、いくら待っても窓から人の声はしなかった。

だからこうして中に入って階段を上る。確かめるために。


ビルの中の貼り紙「サトウ便利店」もさっきと同じ。


ビルの中は物音一つしなくて、まるで時間が止まったみたいだ。空気がとても澄んでいて、自分の息遣いがうるさい。心臓が外に出ているのかってくらい鼓動が響く。


そうして「サトウ便利店」の入り口の前に立ち、中の様子を探ろうとドアに耳を近づけた時だった。


ガン!


ドアが急に開いて、中からあいつが出てきた。とてもうれしそうに。


「タークーミーくん!どうだった?」


「何なんだよもう」


僕はドアにぶつかった衝撃で壁際までよろけて、結構痛かった頭をさすりながら答える。


「まあまあ、 非日常的な事が起こったでしょ?こんなの人にはできないでしょ?」


「そうだけど、何なの?」


魔法だよ魔法~


アランという魔法使いはそう言いながら、部屋の中に入った。僕も後に続いて中へ。

さっきと同じサトウ便利店の中だ。


今回はもうコーヒー入れておいたからと、僕をソファーに座るよう手を向ける。


「でもやっぱり、気を失っちゃうみたいだねぇ。今回は特別、時間を戻しておいたからね。普通こんな事しないんだから。特別だよ、特別!」


「はぁ」


僕がおとなしくソファーに座ると、改めてアランの説明が始まった。


あの暗い空間は、魔法使いの世界と人間の世界をつなぐ通行口で、なんかよくわからないテストに合格した僕は、体を慣れさせるためにちょくちょくあの空間に飛ばされていたらしい。


魔法使いの世界にも歴史がいろいろあるみたいだけど、一時期中断していた人間界との交流が最近は再開されたようで。


魔法使いの世界では、人間とのビジネスが流行りだしていて、成功するにはどうしても協力してくれる人間が必要なのだという。

そんなの魔法使いなんだったら魔法でなんとかすればいいじゃん。

そう言うと、魔法でもうまくいかないことがあるらしく、それを解明するためにも人間の力が必要なんだとか。


「じゃぁ、その今夜のなんかをしたら、僕はもう協力しませんから。もう暗いとこに飛ばすのもやめてください」


「えー、もっと働かない?給料出すから!タクミくんの今もらってるやつの倍出すから」


「いや、魔法使いの仕事なんてよくわかんないし。僕より興味ある人たくさんいますよ絶対」


「そうじゃなくて、カモフラージュのこの店。全然人来ないし、儲かってないからこの店何とかしてほしいのよ。めんどくさいことでも魔法でなんとかできるから、お客さん呼んできて」


「この店って。商売繁盛も魔法じゃできないってやつなんですか」



そうそう、話が分かるようになったねー


アランは楽しそうに、魔法使いの世界で最近できたという『法律』を話し始める。



人間の世界では、その世界観を壊さないためにも定められた範囲でしか魔力を使っちゃいけないらしい。

僕は、嫌がってはいたけど内心とてもドキドキしていた。

なんだか久しぶりに興味がある事に出会えたみたいで、この人と仕事をしようという気にもなってきた。

こんな怪しい人と仕事なんてと思ったけど、今の退屈でどうでもいい生活よりはマシのような気がした。




そうして。


魔法使いの世界の事を話されている間に、あっという間に夕方になって、例の通行口が開通するという場所に僕らは移動し始めた。



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