悪夢の正体




扉の中は意外に明るく、少しだけ安心した。


「便利店」と書かれていたが、予想通り店などではなくここはどこかの会社の事務所のようだ。


会社じゃなくて、危ない組織の事務所かもしれない…絶対そうだ。


僕はそのまま腕を引かれ、部屋の中央にあるけっこう立派なソファーに座るよう言われた。


ソファーに腰を下ろし、つかまれた腕のあたりをさすっていると、男が話し始める。


「ちょっと待ってねー。今、おいしいコーヒーいれてるから。」



僕は話を無視して部屋を見渡す。


窓は1つ。

さっきの広場から見えるあの窓だ。


部屋の広さは僕の部屋二つ分くらいだろうか。入ってすぐ左側にはアルミでできた棚があり、まばらに書類やガムテープなどが置かれている。


入り口の真正面に、古くなった灰色のロッカーが3つ並んでいて、その隣から部屋の中央までの壁には本がずらりと並ぶ大きな本棚が3つ。

2つ目の本棚と向かい合うように僕はソファーに座っていた。


ガラスでできた高そうなテーブルを挟んでもう一つソファーが置いてあって、さっきの男のものと思われる上着が折りたたまれて置かれている。


その隣には向かい合わせになった事務デスクがあり、窓際には、より汚く書類が置かれたデスクが置かれている。


本棚の横は何も置かれていないほこりだらけの空間で、窓の近くに給湯器や水道があるシンクとちょっとした棚があった。

男はそこでコーヒーメーカーにスイッチを入れ、カップの用意をしている。


反対側の壁にはこのビルの入り口と同じような鉄製のドア。隣の部屋があるのか…



「そうむずかしい顔しないでほしいなぁ」


さっきの男が僕の向かい側に座っていた。

いつの間にか、テーブルには湯気を立てたコーヒーが置かれている。



「僕は佐藤タクミと申します。あなたは?」


ケンカをするときはまず名乗ってから。

昔、僕ら兄弟が暴れていたころにしていた癖が。


だいぶ殴り合いなんてしていないから

ボコボコにされる覚悟で。



「あ、僕は魔法使いです」


「はぁ?」


僕の中で緊張していた何かが切れた。

なんか危ない組織の人かと思ったら、ただのおかしい人か。


歳は僕とそう離れていないように見えるし、服装は細いストライプの入った紺色のスーツで、同じ生地のベストにブランド物のネクタイ。

ワイシャツはしっかりアイロンがかけられているようだし、靴も上品な革靴だ。



髪型だって僕よりマシ。

黒髪で向かって左側だけ長くて…アシメってやつか。

見た目は普通、ってか普通よりランクは上で勝ち組の方なのに、頭の中がかわいそうな人だ。


「で、今日からタクミ君は助手ね」


「はぁ?ちょっと、警察呼びましょう」


立派な拉致だ。僕はケータイを取り出そうとポケットに手を入れるが…

…ない。

右も左も、後ろにも入ってない。


さっきタバコを吸った時に反対側のポケットに入れたはずなのに。


立ち上がってもう一度確認してみる。

後ろに財布、左側にタバコ。


テーブルの上にポケットの中身を出してふと顔を上げると、ケータイが宙に浮かんでいた。


「これ、ポケットから出しておいたよ。電話する?」


「何やってんだよ、返して」



僕は宙に置いたケータイを取ろうと手を伸ばすが、スルスルとケータイが動いてつかむことができない。


つかめない?


呆然とする僕を見て男は笑った。

僕のケータイはまだ宙を漂っている。


「ね、信じた?!これ、手品じゃないよ」


自称魔法使いの男がそう言うと、頭のあたりを漂っていたケータイは音もなくテーブルに置かれた。


「えぇっ!?」


今度はテーブルにケータイがくっついたようだ。

テーブルから取ることができない。いつもはパカッと開くケータイがしっかりくっついて開かない。

僕が悪戦苦闘している間、男はおいしそうにコーヒーをすすっていた。


「今夜、新しい通行口が開通するから、そこが人間に見つからないように、目立たないようにするアドバイスしてほしいのよ」


僕のケータイが無事テーブルから離れ、手元に戻った頃。

落ち着いて話を聞くようになった僕に男はそう言った。


男の名前はアラン。

年齢は240歳で、魔法使いではまだ若い方らしい。

嘘だろ。



アランの話では、僕らが住んでいる人間の世界の他にもう一つ別の世界、魔法使いの住む世界があるらしい。


その魔法使いの世界では、最近人間と手を組んで新しい商売をしようという試みが盛んに行われていて、アランもそうして人間の世界にやってきた魔法使いの一人だという。


「なんか、よくわかりませんけど。魔法使えるなら魔法で目立たないようにすればいいじゃないですか」


「それがねぇ。人間の気持ちはよくわからないからうまくカバーできなくて失敗するんだよね。その通行口、免疫がない人間が入ると死んじゃうみたいでね、あっちの世界で大問題なんですよ」


「免疫って、じゃあ僕だってそんなのないし。危ないじゃないですか」


「タクミ君は、あの暗い空間に何度も行ってるから大丈夫」


アランは満面の笑みを浮かべてそう言った。


「何度もあるでしょ?暗いところに浮いてるような感じ。あれね、僕らの仕業だから」


「はぁ?なんでその真っ暗のやつ知ってんの?僕に何してたの?」


「いやーもうね、実は僕はタクミ君たちの事よく知ってるんだけど、魔法に耐性のある体はタクミ君だけだったみたいだから少しづつ、あの空間に慣れるようにテストしてたんだよね。万が一こっちの世界に来ることになっても体がもつようにね」



やけに楽しそうだ。また呆然とする僕を無視してどんどん話す。


「そこで、タクミ君はテストの基準値を楽々クリア!魔法使いの素質があると認定されて、晴れて僕たちの依頼を受ける立場となったのです」


「いやー、そういうの結構ですから。新手のサギですか?」


立ち上がって帰ろうとすると、また腕をつかまれる。240歳の力じゃない。


「もう、信じないなら体験してみようか。あのドアが通行口になってるから入ってみよう」


「嫌だよ、死ぬじゃん」


「死んじゃうって思うってことは、今の僕の話を信じてくれているんだね。ってことは魔法使い自体も認めてる感じだね!いいねいいね。大丈夫だから」


僕は最大限に暴れて抵抗もしたけど何の効果もなく、この部屋に入れられた時のように腕をつかまれ、部屋の隅にあったあの気になっていたドアの前に連れてこられた。


「大丈夫、僕も一緒に入るから」


「死んだら恨むからな!」


僕は久しぶりにでかい声を出した。



ガチャン



アランがドアを開けると、生暖かい風が吹く。知っている空気だった。

目の前には真っ暗な闇が広がっている。

僕は怖かったし、意味が分からなかったけど、それ以上に入ってみたいという欲求がわいてくる。


静かになった僕はアランに促されるまま、一歩を踏み出した。

魔法にかかったかのように、ふわりと。



足は地面につかない感覚。

でも、落ちていくわけではなく、ふわりと宙に浮いたようなあの感覚。

知っている。

顔も暗闇に入ると、あの感覚にだんだん近づいてくる。

…知っている。


そのまま吸い込まれるように、僕は暗闇に溶け込んでいった。



「ほらねー、全然大丈夫だし」


アランは僕の後を追って暗闇に入り、後ろ手にドアを閉じた。

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