ⅠⅠ
サトウ便利店
それから15年後、現在。
スマホが普及して、総理大臣も何度か変わった。
僕はというと…まぁ、その間に起こった出来事は、またいつかのお話で。
■
僕は依頼人を待っていた。
約束の時間はもう1時間前に過ぎていて、また厄介な仕事を受けたのかと溜め息が出る。応接ソファーから立ち上がり、窓際にあるデスクに向かった。
そこに置かれていた飲みかけの缶コーヒーをすべて飲み干し、ブラインドの隙間から窓の外をのぞく。何回これやってんだよ。と、心の中で突っ込みながら。
広場に明かりがないからそこはただの暗闇で、反射した光で僕の顔が窓に映っていた。
この仕事を始めてから15年たった。
始めは何が何だかわからなかった仕事も、今はこの事務所で一番偉くなってしまったし、これが仕事と呼んでいい行動なのかもわからなくなる時がある。
ルルルルル・・・
デスクの上の電話が鳴った。僕はつけていたテレビのボリュームを小さくして
急いで受話器を取る。
「はい。サトウ便利店です」
『すみません。8時半に会うことになっていたカトウという者ですが。ご連絡が遅くなってしまって申し訳ないです。ちょっと事務所の場所が分かりづらくて』
「あぁ、カトウ タケシさんですね。お待ちしておりました。代表のサトウ タクミと申します。時間は気にしないでください、僕の方は全然ヒマなので。今、どの辺にいますか?」
『あのー、アーケードの所から脇道に入ってきたんですが。これは最後まで進んでいいんでしょうか?』
「その道に入ってすぐにラーメン屋ありました?……あぁ、ありましたか。じゃあそのまま進むと、シルバーアクセサリー屋みたいな看板があると思うんですけど。はい、そうです。そこを右に曲がってください。で、そのまま突き当りまで進んでまた右です…はい。で、また最後まで進んで右です。最後はビルの隙間みたいな感じなんですけど。あー、はい…そうなんですよね。入り口がどうもそこしかないようで。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
プツッ
よほど急いでいるのだろう。カトウの息は上がっていて、僕の最後の言葉を聞いたか聞かなかったか。電話は不自然にプツリと切れてしまった。
ま、そのうち来るでしょ。
僕は受話器を置いてタバコに火をつけた。兄から渡された名刺を見ながら、カトウがどんな人物なのか考える。声は若め。名刺には、美容に興味がない僕でも聞いたことがある大手メーカーの会社名の下に「代表取締役」と太字で書かれている。
トントン!
入り口のドアをノックする音が聞こえた。ずいぶん早いな。僕はついていたテレビを消してから「どうぞ」と声をかけた。
「おつかれっすー」
ドアから入ってきたのはアルバイトのケイだった。こちらもずいぶん急いで来たようで、いつも完璧にセットしている髪に寝癖がついている。いつものチャラい感じの服装ではなくジーンズにTシャツ姿で、手にはジャージのはみ出た紙袋、大きめのリュックまで背負っている。また家出してきたか…てかもう10月なんですけど、Tシャツはないだろ。
「なんだ、ケイちゃんか。これから依頼人と会うから、用がないなら今日は帰りなよ」
「まじっすか。今日泊めてもらおうと思ったのに。電話番もするからさー、今夜行くとこないんだよ」
ケイは32歳のフリーター。兄とあのネットで稼いでいたころからの付き合いだから、もう10年以上の付き合いになる。この歳まで定職に就かず、仕事や女を変えてはふらふらと生きている。今は数か月前にできた彼女と同棲中らしいが、やはりケンカをしてまた家を飛び出してきたようだ。本当に、いい歳して何やってんのよ。
「見てくださいこの荷物。オレついに、家出してきたよ。もうあんな女と一緒にいれない。絶対無理」
「あー…じゃあ上の僕の部屋に今日は泊っていいから。ここで荷物は広げないでよ」
「今日はとか言わないで、しばらくおいてくださいよ」
応接ソファーに腰を下ろしたケイは、いつものように彼女のグチを言い始める。
僕はいつものようにそれを聞き流した。
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