最後の日常



「おい!いつまで寝てんだよ、早く起きて洗濯しろよ」


「あぁ」


兄の声で目が覚めた。そういえば今日は2人とも仕事が休みの日だっけ。くるまっていたタオルケットをはぎ取られ、脱ぎ散らかしたスウェットを投げつけられる。

いつの間にか部屋のカーテンが開けられていて、窓際に置いてあるソファーから体を起こすと、レースのカーテンの隙間から青空が見えた。


兄のツカサは料理担当で、僕は掃除洗濯係。高校を卒業してからこの部屋で暮らし始めたからもうすぐ3年か。大きな喧嘩もせずにうまく生活してきた。

洗濯機を回して部屋に戻ると、テーブルの上には遅い朝ご飯が並べられている。


「で?きのうの子からはお金もらったの?男はいつ帰って行ったの?」


「いやー、やっぱり女子高生からはいただけないですよー。しかもあんな清楚などっかのお嬢様みたいなさ。体売って金稼いでるような、いかにも遊んでるような子からだったらちょうだいって言えるけどさ。あんな子からはお金は貰えないねぇ」


味噌汁をすすりながら兄は話し始めた。今日のメニューはthe朝ごはんって感じ。つやつやとした白いご飯は炊きたてのようで、うっすらと湯気が立っている。味噌汁とシャケ…よく朝から魚を焼く気になるな。ま、もう10時半だけど。



僕はノートパソコンを開いて、きのうの顧客の欄に情報を入力していく。女の方は0円。男の方は帰宅時間を入力。バイト代は払うけど、これじゃぁやってる事の意味が分からない。


「だからさ、オレ考えたんだ。やっぱりお前が前に言ってたコース制にしようと思って」


「今さらそんなの作ったら既存の会員はめんどくさくて離れていくでしょ。もう面倒な事になる前にやめようよ」


「うるせーなぁ、お前。前からいる客にはなんかサービスしますとか言ってればいいんだよ。だからあれだ。ホームページも歳で見れるページと見れないページにしてほしいんだ」


「めんどいよ」


僕がそう言うと、兄はかき混ぜていた納豆をさらに泡立てながらグダグダとしゃべる、しゃべる。とにかくこの男は口がよく働く。


「お前はさぁ、昔はそうじゃなかったじゃない?学校やめてから隠居したジジイみたいに引きこもりやがって。昔みたいなノリでいこうよー。だいたいさ、お前だってパソコンで管理するだけじゃなくて女の子と遊ぶ方の仕事もすればいいのにさぁ。なんかそのホームページのなんかでもお金入るからいいって言ってたけど、そんなのよりすごい儲かるんだってば!」


僕はやっと味噌汁に手をつけた。普段、朝ごはんなんて食べないから白米なんてムリ。納豆とかはもっとムリ。



「あれかよ、やっぱまだ引きずってんのかよ。ハルカちゃん」


「もういいからさ。ハルカの事も言わないで」


「あ、いいって言ったね、じゃあサイトのやつもよろしくね」


満面の笑みを浮かべると、兄は泡で白くなった納豆をご飯にかける。泡立てすぎ。


朝ごはんは味噌汁で終わりにして、何で食べないんだという兄の文句を聞き流しながら僕はタバコに火をつけた。

洗濯物を干し終わるまで彼の口はほとんど止まらずしゃべり続けた。



僕の家は父親がいない。僕らが生まれてすぐに離婚したらしく、何の記憶もないし母親から話を聞いたこともなかった。母親は僕らが物心ついたころにはホストクラブを経営していて、ほとんど家にいなかった。

その代りお金はあったらしく、小さい頃はお手伝いさんが毎日僕らの面倒を見てくれていた。そんな家庭だったからか僕らは自由奔放に育ち、自由すぎて警察のお世話になることもしばしば。それも今はいい思い出だけど。


僕らが高校生になったあたりからお手伝いさんはいなくなって、少しランクが下がったマンションに住み始めたんだけど、誰も掃除をしないしご飯も作らない。そのせいで僕は掃除や洗濯をするようになり、兄のツカサがご飯を作るようになった。


僕は高校を卒業して大学に進んだ。


もともと勉強が得意だった僕は何の苦労もせずに、みんなが名前を聞けばすごいねという大学に入学。でも2年で中退して、今は工場でのバイトと家でパソコンを使ってするバイトで毎日を過ごしている。


大学にいるときまでは、兄と同じような、兄ほどじゃないけど明るい性格だった。

兄は高校を出てから、母親のホストクラブでバイトをするようになり、今では店の中でトップ争いをするくらい人気があるホストになった。ま、あの性格だから人気が出るのもわかるか。


だからなのかよくわからないけど母親と兄は超仲良し。僕が避けているのかわからないけど、昔から母親は苦手だ。なんというか、一緒にいて息苦しい…あ、怖いとかじゃなくて、テンションが高すぎるというだけなんだけど。


副業の話も終わり、僕はいつものようにバイトの男たちからの報告メールに目を通していた。


そうしてダラダラしていると、兄のケータイが鳴り、さらに兄のテンションが高くなる。


「シンヤが遊ぼうってさー」


「あいつ今日仕事じゃないの?」


「なんか新しい服入ったから見に来いってさ。お前も来い!いい加減ジャージ以外の服買いなよー。それにメガネも取れ、風呂に入ってこい」


「ジャージは家にいるときだけだし。それにこれ高校のだから買ってないし…」


話し終わる前に、僕はメガネを取り上げられて風呂場の方に蹴られていた。…別にいじめられてるわけじゃない。


幼馴染のシンヤと僕らは高校も同じ。

シンヤは高校生時代からバイトをし始めたアパレルショップで今も働いている。学校を卒業してから社員になれたようで、新しい服が入ると必ず兄に電話が入るのだ。


背も高いし顔もまぁまぁ整っている。店に入った服のモデルを頼まれていて、店のホームページには兄の写真がたくさん載っている。僕も一緒にって言われたけど、今は表の場に出たくない。


シャワーを浴びてひげをそり、コンタクトレンズを入れる。兄のワックスで久しぶりに髪を整えたが、しばらく切りに行ってないから全然キマらない。



「おまえ、もう少しまともな服なかったのかよ」


兄は派手な金髪で、僕は真っ黒な髪に病的なまでに白い肌。背も高いから二人で歩いていると異常に目立ってしまう。兄に服装のダメ出しをされながらアパートを出て、

僕らは街の中心部へと向かった。



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