非日常の物語。便利屋と魔法使いの王様

サトウアイ

悪夢はいつからか

 まずは今から15年前。

 スマホなんてなかった、あの時の話。







気が付くと僕は、暗闇の中にいた。


立っているのか座っているのかもわからない。魂だけがそこに浮かんでいる。そんな感じだ。

生ぬるい感覚が僕を包み込んで、いつまでもいつまでもまとわりついてくる。

そうして僕は暗闇の底に引きずり込まれていった。





 ………


 ……




また目が覚めた。

と、そこはいつもの僕の部屋。


僕はソファーに横になっていて、枕元にはヘッドホンが。付けていた耳栓を外して、背伸びをした。つりそうになった右足のすねをさすりながら起き上がる。テーブルの上にあるケータイに手を伸ばしてサイドのボタンを押すと、小さなサブ画面が光って時間を教えてくれた。


2時45分。


またいつもの時間に目が覚めた。暗闇の夢を見ると、必ずこの時間だ。あれはたぶん夢。たぶんってか、絶対夢。夢だと思いたい。気持ち悪いから。

気持ち悪いってだけで、僕の体に何か影響があるわけじゃないからどうでもいいんだけど、何度も同じ体験をするから気味が悪かった。



僕は双子の兄とアパートで暮らしている。部屋はメゾネットタイプで家賃は4万5千円。この辺の住宅にしては格安だ。車はないけど駐車場代込で、ペットOK、風呂・トイレ別。1階部分が水回りとリビングダイニングキッチンになっていて、2階に広めの部屋が1つと小さな部屋が1つ。僕は主にリビングで暮らしていて、2階は兄が使っている。


使っているというか、そこは主に兄の副業で使われる部屋。それが始まると、聞きたくない音や声が聞こえてくるから、余計な音が耳に入らないようにヘッドホンを付けてパンクロックな音楽を流して外界との音を遮断する。


副業っていうのは名前ばかりで、援助交際の逆バージョンみたいな、出張ホストみたいな、ただの遊びの延長みたいな、そんな感じ。


兄は自分でサイトを作って、自分でってか、こうゆうページを作ってって僕に言ってきたから、僕が立ち上げたんだけど。

で、バイトを募集するみたいに女の子と遊んでくれる男たちを集めた。僕は、パソコンとかが結構得意だったからサイトを作ってあげたんだけど、無許可でこんなことしたら絶対捕まるよって反対したんだけど。


報酬額につられてチャラい男たちが結構集まった。

最近はインターネットが普及し始めて、物珍しさからなのかたくさんの女の子の会員もできて営業は順調だった。


僕は絶対やばいって思うんだけど、女子高生とかのお客さんもいる。兄のやってることは、女の人からお金をもらって好みの男の人を紹介する。その後どこまで続くかはその2人しだいだ。


客層は様々だけど、このアパートに流れ込んでくるのはお金のない若い子が多い。ただ友達と遊んでいる感覚なのかよくわからないけれど。ま、ホテル代わりに使われているというか、たまり場になっているというか。

大きな笑い声は日常茶飯事で、聞きたくない声も聞こえてくるから、僕は誰かが家に来たら、まずヘッドホンを付けるようになった。


寝るときはもう少し念入りに、耳栓をしてからヘッドホンを付ける。うるさめの音楽をかけるんだけど、音が鳴っているとどうしても眠りにつけないから、耳栓をして少しでも音を小さくするという謎の行為だ。


あの暗闇の夢を見るのも、そうした商売が軌道に乗ってきた頃からだから、きっとストレスなんだろう。こんな事をしちゃいけないっていう、僕の中の良心が何かに働きかけているに違いない。


僕は開いたケータイの明かりを頼りにキッチンに向かい、冷蔵庫にあった野菜ジュースのパックを持ってソファーに戻った。


ケータイに届いているメールはすべて迷惑メール。

タバコに火をつけて一服。メールは野菜ジュースを飲みながら削除して、僕はまた眠りについた。



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