第9話 田んぼ


「秘めたる力が覚醒した今の俺ならば、ゴブリンごとき幾らこようが、もはや敵ではない!」


「さすが先輩です」


「それじゃ士熊君、先頭の方を頼むよ」


「はえ?」


キリッとしたフェイスで、ちょっぴり調子に乗った発言をしていたら、オールバックがやってきて先頭をお願いされ、先頭に立つ羽目になった。


「うんうん。士熊君はほんと頼りになるなぁ」


「頑張ってくださいね!士熊くん!」


ハゲ里に肩を叩かれ、それに追随するように、OLが両手に拳をつくってエールを送ってくる。

・・・・・・まあいいさ。覚醒したサイコパワーを試すには、丁度いい機会ではないか。皆の手当ても済んだようだし、一同を引き連れて、クソッたれ洞窟探索の開始だ。一応偵察のような行動をしようと思ったので、陣形は俺だけが先行するような形にして貰った。大体後続の姿がギリギリ見える位の距離感だ。ちなみに俺の直ぐ後ろには黒咲がいる。俺としてはいざという時のためにも、もう少し後方に下がっていて貰いたい心境なのだが、黒咲はその場を譲ろうとはしなかった。

一度決めてしまうと強情なのだ、この後輩は。


「ふむふむ。念動力の範囲は30メートルにギリギリ届く、といったところか」


道中、その辺に転がっていた小石で、念動力の実験をしつつ、慎重に洞窟を進んでいく。


「動かせる重量はどうですか?」


「鉄の剣で結構ギリギリな感じだったからな。5、6キロが今の限界だな」


それでも以前とは比べれもにならない、とてつもなく大きな進歩である。


「凄いですね。何が要因だったのでしょう?」


「黒咲のくれた隕石の欠片の影響か、あるいはホームレス狩りに頭を殴られた衝撃で、何か変なスイッチでも入ったのか・・・・・・」


色々と思い当たる節を頭の中で浮かべていると、黒咲に肩をトントンされ、思考を停止させられる。


「先輩。今何か聞こえませんでしたか?」


黒咲にならって、俺も耳を澄ませてみると、前方からほんの微かだが物音が聞こえてきた。すかさず機敏な動作で片腕を上げ、握り拳を作る。映画でよく見る止まれのサイン。一度やってみたかったのだよ。しかし薄暗闇でよく見えなかったのか、後ろの連中は止まらず、結局黒咲が口頭で伝える羽目になった。ぐぬぬ。


「どうする。別の通路を探すか?」


「結構な距離を引き返すことになるが・・・・・・」


「判断するのは、音の正体を確かめてからでもいいんじゃねーか?」


「そうだな。ちょっと様子を見てくる」


台風の時に田んぼの様子を見に行くお爺さんのノリで再び俺が先行し、音の正体を確認しに行く。

しゃがみながらできる限り慎重に進み、前方の様子を伺う。

狭い通路を抜けて、視界が広がる。そこは学校の教室程の空間だった。

俺達のいる通路の入り口は、部屋の地面から4、5メートル程の高さの場所。


「慎重に進んでいなければ、落下していたかもな」


都合がいいことに、現在のポジションは広間をいい具合に見下ろせていた。

様子を伺うには丁度よさそうだ。腹ばいになって、ゆっくりと広間に顔だけを覗かせる。


「・・・・・・これは酷い」


音の正体が見える。耳障りな声を上げながら、人の死体を喰らっているゴブリンの集団がいた。

数は5体だ。


「先輩、どうしますか?」


気が付けば、すぐ隣に黒咲が接近していた。

黒咲よ、いつの間に忍者なスキルを習得したのだ?


「あれは、ゴブリンと戦って、最初に逃げ出していた人ですね」


喰われているのはカップルの彼氏くんか。既に事切れているようだ。仰向けに倒れ、その腹部を現在進行形で喰われている。足が変な方向に折れていた。俺達の来た通路から走りながら逃げて、段差に気付かずに転落したのかもしれない。


「数が多いですね。引き返した方がいいかもしれません」


黒咲と顔が触れそうな程に近づいているため、黒咲が喋る度、頬にその息が掛かる。

その柔らかそうな唇が再度開く。


「先輩?」


「あ、ああ。そうだな。だがしかし。ここからならば気付かれずに、一方的に攻撃できるかもしれん」


「わかりました。頑張ってください先輩」


「うむ。ではいくぞ」


念動力で地面に無数に転がっている礫を、現時点でできる、最大の範囲で掬い上げる。拳大の石から、指先大のサイズまで、大小様々な礫が念動力に反応し、浮かんだ。ゴブリン共は食事に夢中でその周囲に起きている事象に気付いてはいない。

念動力で浮かせた無数の礫を、そのまま最大出力でゴブリンの集団へ向けて放つ。


「グギャァ!?ゴブォッ!?」


無防備な背中へ無数の礫を浴びるゴブリンの集団。血だらけの口を開けて驚き、呻き声を上げる。どこからともなく飛来する礫に、食事を強制的に中断させられ、ゴブリン共はただただ右往左往としている。


「ヌハハハ。我が手の内で踊るがいい」


「さすがです先輩。それにしても思っていた以上にゴブリンの知性は低いようですね」


今のところ俺達が見つかる様子はない。ゴブリン共は四方八方から飛んでくる礫を避けようと、ひたすら広間を逃げ回っている。


「ゴギェッ!」


大き目の石がたまたまゴブリンの頭部に命中し、小気味良い音を洞窟内に響かせる。

幾度目かの礫による強襲で、ゴブリン5体の内の3体が倒れた。


「ゴブァボブァッ!!」

「ギャギャッ!!」


まだ動ける二体は、倒れ伏した仲間達を見捨てて、俺達とは別の通路へと逃げ去っていく。


「これで終了か?」


「先輩、あのゴブリン、まだ生きていますよ」


倒れ伏し、残されたゴブリンの内2体は、いずれもまだ息があるようで、手足をじたばたと動かしていた。


「うーむ礫じゃ威力が足りなかったか?錆びた剣を持ってくるべきだったか」


ゴブリンに刺さったまま、放置して忘れていた。勿体ないことをしたな。


「それなら、あのナイフを使ってみたらどうでしょう?」


黒咲が目敏く地面に落ちていた骨ナイフを指さす。恐らく混乱の内にゴブリンが取り落としたものだろう。


「ナイスアイディアだ」


骨ナイフを念動力で動かして、一体一体きっちり止めを刺していく。

そうして他にゴブリンはいないか。あるいは、逃げた2体が戻ってくるか、しばらく様子をみることにした。


「よし。ざっとこんなものだな」


「さすが先輩です」


とりあえずの安全を確保したと判断し、広間へと降りてみた。完全に動かなくなったゴブリンに近づき、その死骸を間近で見る。

いくつかの礫が、体内へ深くめり込んでいた。人間ならば致命傷だろうに。礫の威力が低いのではなく、単にゴブリンの生命力が、異常なだけだったのかもしれない。

脅威を撃退し、後に来たオールバックたちが遺品の回収をする。財布から免許書などを引き抜く際、弾みで落ちた一枚の写真。カップルのツーショットが悲しみを誘う。


辺りを見る限り、彼女くんの姿は、見当たらなかった。

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