第8話 能無し


ゴブリンの襲撃が収まった後、逃げていった人達が戻ってくるのをしばらくの間待ったのだが無駄に終わった。この洞窟は、俺達が想像していた以上に広く、複雑だ。こうなると合流は難しいかもしれない。


「ね、ねえ。すぐにでもこの場を離れたほうがいいんじゃない?」


またゴブリンが薄暗闇から襲い掛かってくる、そんな幻想に囚われているのか、酷くおびえた様子で主婦らしき女性がオールバックに語り掛ける。


「まずは傷の手当だ。それが終わったら、すぐにここから移動しよう」


今回の遭遇で死者は出なかったものの、俺を含めて多数の怪我人がでた。

スキンヘッドやオールバック、中年親父などは、身体を動かすのもつらそうだ。

戦力としてはもう期待できそうにない。


「黒咲、さっきまで意識を失っていたが大丈夫か?」


うつぶせに倒れていた黒咲は、つい先程目を覚ました。目立った怪我はないので大丈夫だと思いたい。


「はい。少し頭にこぶができましたが、問題ありません。それよりも先輩の怪我を何とかしましょう」


俺の両腕は、夥しい数の切り傷で血に染まっている。

状況が落ち着いてアドレナリンが切れたのか、半端なく痛くなってきた。


「染みると思いますが、我慢してくださいね」


黒咲の所持していた、残り少ないミネラルウオーターを使って傷口を洗う。


「ぐぅっ・・・・・・むぐぐ・・・・・・!」


ゴブリンの刃物は、見た目からして不衛生そうな白物だったからな。我慢我慢。


「気休めですが、これで我慢してください」


黒咲は包帯代わりにと、躊躇無く自身の衣服を破って傷口に巻く。


「・・・・・・」


処置の最中、なぜか黒咲にじぃっと見つめられる。


「先輩、なにかいいことがありましたか?」


「ほう、わかるか。黒咲よ、こいつを見てくれ」


ボロボロコートの懐から、いつも携帯しているマイスプーン取り出し、念動力を発動させた。


「っ!すごく・・・・・・漂っています・・・・・・!」


黒咲が軽く目を見張って、中に浮かぶスプーンを凝視する。普段表情に乏しい彼女にとって大きな驚きの表れである。


「理由はよくわからんが、サイコパワーが強化されたのだ」


「さすがです・・・・・・先輩」


「ほー面白いなぁ。君はなにか手品師とか、そういった技能を持っているのかい?」


横合いから唐突に声が投げ掛けられる。先ほど助けた中年親父だ。


「さっきは本当に助かったよ」


中年親父の顔は、幾つかの切り傷を負っていて痛々しいものだった。


「傷は大丈夫なのか?」


「痛むけど、これ位なら死にはしないよ。たぶん。それより剣が勝手に動いていたのを見た時は驚いたよ」


「あれは手品ではなく超能力だ」


「超能力か、はーなるほどねぇ」


中年親父の表情は、俺の予想を裏切り、本気とも取れるような真剣な表情をしていた。


「信じるのか?」


今までの経験上、中年親父のような年代は、まともに取り合わずに変人扱いしてくるのがデフォである。


「こんな事が起きてるんだからね、不思議な事も、今なら多少は受け入れられるさ」


そう言って中年親父は笑顔で手を差し出してきた。


「とにかく君は命の恩人だ。私の名前は禿里 光。街で小さな料理屋を営んでいてね、ここから無事に帰れたら料理をご馳走するよ」


「その時はたらふく食わせてもらおう。才起 士熊だ。隣にいるのは、後輩の黒咲 彩芽」


ここの所ビニメシばっかで不健康だったからな。非常に楽しみである。


「あの、これもよろしければ使って下さい」


今度はOLがやってきて、おずおずと絆創膏を差し出される。


「ありがとうございます」


「うむ助かる」


黒咲が早速とばかりに、小さな傷に絆創膏をペタペタと貼り付けてくれる。ハゲ里の方もOLの手伝いで、顔に処置をして貰っているようだ。


「すまないねぇお嬢ちゃん」


「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。ここにきてから私、なにもできてなくて・・・・・・」


喚いてばかりのヒスガールな印象だったが、話してみると俺とは比べ物にならん常識人であるようだ。やがて互いに砕けた雰囲気となり、互いに自己紹介をすることになった。OLの名前は海永 仄果。会社帰りに買い物していたら、いきなりこんな状況に巻き込まれたそうな。


「ところで、二人は恋人同士なんですか?」


不意打ち気味に、OLが地雷クエスチョンを聞いてきた。


「違います」


黒咲の断言と共に、その瞳からハイライトが消えていく。


「能無しの私ごときが、先輩の恋人だなんてありえません」


「ご、ごときって・・・・・・」


黒咲は学生時代から異常に自己評価が低いのだ。

陰を極めた雰囲気がミステリアスで素敵であると、学生時代から異性の間でもかなりモテモテだったのだが、今に至るまで自身の恋バナ的なネタには終始この調子である。勉強もできるし、運動神経も良い。だというのになぜこうも卑屈なのか、俺にとって長年の謎である。


「じゃ、じゃあ志熊君の方はどう思ってるの?」


気を取り直すように、今度は俺に向けておせっかいなOLは質問をしてくる。


「好きに決まってる」


みるみる黒咲の顔が赤くなり、俺もまた無意識にサイコパワーが活発になるのを自覚する。ここに至って確信した。どうやらサイコパワーは感情の起伏に大きく影響を受けるようだ。


「きゃっ。なら相思相愛じゃないっ」


OLが手をパタパタ振って謎リアクションを披露してくる。


「ふ、不釣り合いですから・・・・・・」


正直それには同意せざるおえない。

なんたって俺は職業不詳のホームレスだからな。


「こらこら、海永ちゃん。ちょっかいを出すのはそれ位にしておきなって」


「ご、ごめんなさい。私ったら年甲斐もなくはしゃいでしまいました」


「・・・・・・」


黒咲は俯いて黙りこくってしまった。

なんだか妙な空気になってしまったぞ。

こんな状況で少しでも、なにか不安を紛らわしたかっただけなのかもしれんが。

まったく迷惑なOLである。



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