第5話 不謹慎
「くるなっ!くるなああァっ!!!」
オタク風の男が汗だくになって、大きなリュックサックを盾にするよう掲げ、喚いていた。しかし、不幸にもデブい彼の面積と、一際大きな声が災いし、正体不明の襲撃者を呼び寄せてしまっていた。
「ぶひぇうぅっっ!」
瞬く間にオタク風の男は、襲撃者によって全身をなます切りにされ、トマトのように真っ赤に染まると、血溜まりに崩れ落ちる。
「いやあああああああああああああああぁっ!」
OLが茶髪に染めた長い髪を振り乱しながら、ヒステリックに手提げのバックを振り回す。
「ビギィッ!」
ハチャメチャのブン回しは、偶然にも襲撃者を捕らえることに成功する。
地面に叩き落とされ、ビチビチと不気味に跳ねるその正体は胴の短い蛇に、エイのようなヒレが付いた奇妙な生き物だった。
ひれの部分にある細かい棘が凶器となっているようだ。薄暗い天井をよく見れば、鍾乳石の影に何匹か張り付いているのが見える。
そこから滑空するように、襲い掛かってきているのだろう。
「わあああっわあああぁッ!」
「ヒッ!ちょっちょっとぉっ!!」
先ほどのカップルの彼氏くんが、錆びた剣を振り回している。
しかし、高速で薄暗闇の宙を飛び回る生き物に当てるのは至難の業だ、しかも精神的に限界がきたのか、半狂乱になっているため剣先に掠りもしていない。
OLが手提げバックを当てた時のような偶然がそう何度も起きる訳がなく、それどころか当たりもしない凶器を無闇にブン回すため、周囲の顰蹙を買っていた。
「ここも駄目だ!一旦戻ろう!」
オールバックの呼びかけを機に、生き残りの俺達は命からがら元来た道へと逆戻り。
狭い通路に逃げ込むと同時に化け物の襲撃は止んだ。
「はあっはあっ。テリトリーみたいなものが、あったりするのかもしれませんね」
「一体どうなってるんだこの洞窟は。あんな生物、いままで見たことも聞いたこともないぞ」
「はい、地球上の生物じゃないと思います」
白い肌に一筋の汗を流しながら、真剣実を帯びた表情で黒咲が断言する。
「ふむ。となれば・・・・・・」
俺は顎に指を当てて、決め顔で推測する。
「はい。エイリアンです」
黒咲の吸い込まれるような紫の瞳が煌めいた。
「そういう訳か」
さすが元オカルト研の副部長である。
「んな訳あるか」
隣でしゃがみ込んでいたスキンヘッドが、呆れた調子で口を挟んできた。
「ではアレをなんだと思うんだスキンヘッドよ」
「剣崎だ!」
ヘッドに青筋を浮かせて名乗るスキンヘッド。
こんな状況でも元気一杯のようだ。
「才起 士熊だ」
「黒咲 彩芽です」
スキンヘッドは一つ頷くと、俺の問いに答える。
「普通に考えれば、今まで発見されていなかった新種の生き物だろ。凄ぇ発見だぜ、生きたまま持って帰れば面白いことになる」
「おい、人が死んでるんだぞ。ふざけるのもいい加減にしろ」
「そうだ!不謹慎だぞ!」
「不謹慎!不謹慎!不謹慎!}
俺達の話を遮るように、あちらこちらからブーイングが上がる。
少なくとも俺と黒咲は真剣に考えてるんだけどな。
「落ち着きなさい!こんな場所で揉めるのは自殺行為だ。あれがどんな生物で、どんな由来があったにしても、まずは皆でこの洞窟を脱することに集中するべきだ」
ギスギスした空気を必死にオールバックが執り成している。
その後は彼の提案で走り回った疲労と混乱を鎮める為にも、一旦皆で小休憩を取る事になった。
変わり栄えのない景色の中、狭い岩の通路内で生き残りの者達が一列になって壁際に座り込んでいる。
人数はまだ20人程いるようだが、ここに到るまでにどれ程の人がはぐれ、死んだのかは誰も把握できていないだろう。
「うっうぅっ・・・・・・」
「もうやだ、家に帰りたいよ・・・・・・」
愚図り泣き始める女性達。
誰も彼もが傷だらけになっているが、より深刻なのは精神の消耗だろう。
誰かの糞尿の匂いが辺りを漂うが、もはや誰も何も言わない。
洞窟内の薄暗さで、全員の顔が見えないのは救いであった。
ちなみに、俺は漏らしてもブリってもいないぞ。
「皆、そろそろ先へ進もうか・・・・・・」
30分程の休憩の後、周りが落ち着いてきたのを見計らい、オールバックが立ち上がって皆に声をかけている。
もはや彼がリーダーなのは暗黙の了解である。
陰鬱な空気でありながらも、脱出するための探索が再開し、彼の声に従い奥へ奥へと進んで行く。
洞窟の通路は、あれからも分かれ道は増え続けて益々複雑になっていた。
相次ぐ襲撃と混乱で、もはやどの方向へ向かっているのかすら俺には分からない。
それでも歩みは止めない、留まれば死を待つだけだからな。
「・・・・・・ん?なあ。前に誰かいないか?」
「はぐれていた人か・・・・・・?」
先頭を進む人達が人影を発見したようだ。
後方にいる俺の方からも、よく目を凝らすと暗がりに人影が蹲るようにしているのが見えた。
「おい、無事か」
オールバックが慎重に近づき、呼びかけるが反応はない。
「駄目だ。亡くなっているようだ・・・・・」
重苦しい空気が一同に流れると同時に、その遺体の不自然な点に気付く。
まず服装が普通ではない。凹んだ鉄製の被り物に、やけにくたびれたズボン、皮でできたと思われるジャケットは見ようによっては鎧に見えた。
ほぼミイラ化しており、素人目にしても死後かなりの時間が経過しているのがわかる。
「この仏、突然ここに来た俺達とは、境遇が違うのかもしれないな」
「この装いからして、ここに来る途中で落ちていた、剣の持ち主かもしれませんね」
黒咲と会話をしていると、今度は荒い息と足音が通路の奥から響いてきた。
バケモノか人か、判断に迷っている内に薄闇から人影が現れる。
こちらへと着実に近づいてくる、正体不明の存在に一同の緊張が増す。
「た、助けてくれッ!!!」
今度は正真正銘の生きた人間だった。
だが、その様子が尋常ではない。
全身が血だらけである。
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