第2話 苦難の始まり

「――輩」


微かだが心地のよい声が聞こえる。

頬には風が吹き付けている。

時折降りかかるのは雪だろうか?

その肌寒さに指が反射的に動くと、石畳の感触が返ってきた。


「くっ・・・」


「先輩」


「う・・・・・・くろ・・・・・・さき?」


どうやら意識を失っていたようだ。


「ハッ黒咲っ!無事か!!」


気を失う前の状況を思い出し、上半身を一気に起こした。


「はい。無事と言えば無事です。先輩のほうこそ身体は大丈夫ですか?」


黒咲は慌てた様子を見せず、いつも通りの平坦な調子で俺に語り掛けてくる。実に黒咲な反応だ。


「・・・・・・?あれだけボコられたというのに、痛みが無い」


修行の経験からして確実に骨位は折れてたと思うんだがな。


「はい傷も見当たりません」


確かに痣も、擦り傷一つ付いていない。


「・・・・・・うむ。これは・・・・・・、きっとあれだな。超能力お陰だ!」


「はい流石先輩です」


黒咲は学生時代の頃からなぜか無駄に俺をヨイショしてくる。

しかしまぁ、悪い気はしないのであえてそこは指摘しないのだ。


「どうなってるんだこれはぁッ!!!」


「うおっ」


びっくりした。

突然野太いおっさんの叫びが聞こえてきた。

というか。


「黒咲よ、ここはどこなのだ?」


街の歩行トンネルにいた筈の俺達が、なぜか今は見晴らしの良い断崖に突き出した、岩棚のような場所にいた。

周囲には苔むした石畳と崩れかけた遺跡のようなオブジェが転がっている。


「わからないんです。私もあの人達も気が付いた時にはここにいました」


あの人達。そう、俺と黒咲の他にも岩棚には少なくとも数百人の日本人が集まっていた。


「なによこれっ!誰か説明しなさいよっ!」


ヒステリックに喚いてる50代中年の婦人。

その隣ではメガネをかけた背広姿の男が頭を掻き毟りながら叫ぶ。


「どうなってる!?俺は会社にいかないといけないんだ!!テレビのいたずらならやめてくれ!!」


こんな状況でありながら暢気にスマホで辺りを歩き回り、撮影している中学生らしき制服を着た集団。


「なんだこれ・・・・・・」

「すげー。あっち見ろよ。どこまでも山が見えるぜ」

「なにこれ!なにこれっ!転移キターッ!!!」

「おほーチート!チートはよぉぉぉっ!!!」


その中に混じるオタクらしき二人組み。

太り気味の男と、真逆の体型である痩せた眼鏡を掛けた男が、それぞれ美少女の絵をプリントされた服を着てテンション高く嬉しそうに声を上げている。

視界の端には、呑気にピンクな空間を勝手に作り上げている大学生くらいのカップルもいた。


「大丈夫、俺がついてるよミサ・・・・・・」

「うん・・・・・・信じてるよだいちゃん・・・・・・」


先ほど喚いていた頭の禿げた中年は、怒鳴り疲れたのか地べたに座り込み、呆然としている。


「・・・・・・夢なんじゃないか?」


「おやじさんこいつは夢なんかじゃねえ現実だ」


そう答えたのは、悠然と崖下に向けてションベンしているスキンヘッドでタンクトップの筋肉質な男。


「皆。まずは落ち着いて状況を確認しよう!」


そんな混沌とした状況の中でも冷静に動き始める者がいた。

精悍な顔付きで、身なりや物腰から育ちの良さそうな青年であった。

黒咲と同じく大学生っぽいな。

頼りになりそうな予感。デキスギ君と命名しよう。

他にも老若男女、無秩序に集まっている訳なのだが一番の問題は――


「・・・・・・あいつらも、巻き込まれたようだな・・・・・・」


ホームレス狩りの連中がいた。


「こちらにはまだ気づいていないようですね」


俺の視線を辿り、黒咲もホームレス狩りの存在に気付いたようだ。


「どうにかここから突き落とせないものでしょうか」


恐ろしい事をさらっと提案してきた。黒咲なら本気でやりかねなかったりするから困ったものだ。


「ほっておこうではないか、今は互いにそれどころではない状況のようだしな」


ホームレス狩りの様子は、周りの一般人と変わらず、混乱しているようである。


「黒咲のスマホは通じるか?」


「さっき試しましたが駄目でした」


「俺はそもそも持ってないからな・・・・・・しかし周りのスマホも通じている様子はないな」


「はい、単にここは電波の通じない場所なのでしょうか?」


「うーむ」


再び辺りを見回す。

視界に広がる山脈と肌で感じる気温から、結構な標高にいるように思えた。

そうしていつまでも困惑している様子の周囲に業を煮やしたのか、一人の背広を着たオールバックの男が周囲の人々に声を掛ける。


「とりあえずあの洞窟の様子を確かめに行かないか?」


断崖側には、ぽっかりと大きく開いた洞窟があった。

2階建ての家でも余裕で入れそうな程の、怪しさ満点の大きな空洞だ。


この岩棚から出るには、何百メール下へと飛び降りるか、洞窟に入るしかない。

そして、ここにいても事態が進展しないのは、もはや誰もが認識するところであった。


「おっしゃ。俺についてこいカス共」


「おい、勝手に先走んなよ」


頭の軽そうな連中が意気揚々と入っていくのをきっかけに、残りの人達も恐る恐るといった様子でその後に続き、暗い洞窟へと飲まれていく。


「俺達もいってみようか」


「はい先輩」


そうして洞窟内部を進む内に、自然といくつかのグループが形成されていく。

俺は黒咲と共に後方の位置に付いた。

洞窟の内部は吹きさらしの雪と風を防げるためか外に比べ暖かい。

光源を確保するため、ライター、スマホ取り出し、各々がその明かりを頼りに進んでいく。

だが、しばらくするとそれらの明かりは不要になった。

洞窟内部のあちらこちらに淡い青い光を放つ結晶のようなものが埋まっており、広い洞窟の内部を照らしていたのだ。


「わぁ綺麗ねぇ」


「なんの鉱石かな?」


暢気な調子で学生集団が話を弾ませている。


「おい。見ろよこれ」


先頭を進んでいたチャラい感じの青年が、何かを見つけたようではしゃいでいる。


「剣か、あれは?」


洞窟の通路の端に、何本かの鉄の剣が無造作に落ちていた。

ところどころ錆びているので、それなりの期間放置されていたと推測できる。


「本物かぁこれ?」


「うおっと。結構重いわ。これ」


装飾もなく無骨なデザインだが、素人目に見ても実用的な造りのように思えた。

なぜこんな所に刃物なんて物騒な物が落ちているのか。嫌な予感しかしないぞ。


楽しそうにちゃんばらを始めるチャラ男集団を先頭に、さらに奥へ足を進ませると3つに分かれた通路が現われた。


「一本道ではないのか・・・・・・迷わないように印をつけよう」


「左いってみようぜー」


オールバックが岩壁に印を刻もうとするのを尻目に、チャラ男集団とそれに追随する者たちは左の通路へと早々に飛び込んで行ってしまった。

その集団の中にはホームレス狩りの連中も含まれている。

正直、この非常時にトラブルの種が遠ざかるのはありがたい。


「お、おい君達!勝手に動いては――」


デキスギ君が呼び止めようとしたが無駄だと悟ったのだろう、ため息を付きつつ彼もまたチャラ男集団に付いて行こうとする。


「待て」


オールバックがそんなデキスギ君を引き止める。


「我々だけでも手分けして出口を探さないか?それぞれの通路を探索して今から1時間後、出口が見つかる見つからないに関わらず、またここへ戻って報告し合いたい」


「そうですね・・・・・・では僕達の方は中央に進んでみます」


「ご一緒してもいいですか」


「わ、わたしも・・・」


若い女性の多くはなぜかデキスギ君についていくようだ。


「危険だと感じたらすぐに引き返すんだぞ」


「はい」


「では私達は残る右側を探索だな」


「おう、どっちが出口を早く見つけられるか競争だな!」


スキンヘットが元気よく先頭に進み出ると、大胆に薄暗闇の先へ進んでいく。

成り行きを見守っていた俺と黒咲は、残されたオールバックの集団に付いて行くことにした。


「バラバラになってしまったか・・・・・・」


「ホラー映画じゃ定番の展開ですね」


黒咲よ、この状況でそれはシャレにならんぞ。





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